目次
【参考答案】
第1 設問前段 提起すべき訴訟について
1(1) まず、住民票の記載を求める申出(住民基本台帳法(以下「法」という。)14条2項)に対するDの記載しない旨の応答について、取消訴訟(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条2項)及び申請満足型義務付け訴訟(行訴法3条6項2号)を提起することが考えられる。
そこで、Dの応答が「処分」(行訴法3条2項)に当たるかが問題となる。
(2) 「処分」(行訴法3条2項)とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。
そして、国民の求めに対する拒否的応答が「処分」に当たるには、当該求めが法令に基づく「申請」(行政手続法(以下「行手法」という。)2条3号参照)であることを要する。なぜなら、応答義務のない職権発動を促す申出に対する応答は、国民の権利義務に直接影響を及ぼすものでなく、事実上の回答にすぎないからである。
(3) 住民票の記載は、転入の場合、法22条の届出に基づいて行うこととされている(住民基本台帳法施行令(以下「施行令」という。)11条)。これに対し、出生の場合には、戸籍法上の届出(戸籍法49条)が受理された際に職権で行うこととしている(施行令12条2項1号)。すなわち、出生の場合の住民票の記載は、戸籍法上の届出の受理に連動して職権で行われるものであり、住民ないしその親が法に基づいて届出又は申請をして住民票の記載を求めるという仕組みは、法令上規定されていない。
そして、法14条2項は、住民票に記載漏れ等があることを知ったときに「申し出ることができる」と規定するにとどまり、市町村長に対して当該申出への審査義務や諾否の応答義務を課す規定は存在しない。
したがって、法14条2項に基づく申出は、市町村長の職権の発動を促す事実上の行為にすぎず、「申請」(行手法2条3号)には当たらない。
(4) よって、本件申出に対するDの記載しない旨の応答は、職権による処分を行わない旨の事実上の回答にすぎず、法効果性を有しないから「処分」に当たらない。
以上より、Dの応答を対象とする取消訴訟及びこれを前提とする申請満足型義務付け訴訟は不適法であり、提起することはできない。
2(1) そこで、Aは、甲市を被告として(行訴法38条1項、11条1項1号)、自らに係る住民票の記載という「一定の処分」(行訴法3条6項1号、37条の2第1項)の発出を求める直接型義務付け訴訟を提起すべきである。
(2) まず、住民票に特定の者の氏名等を記載する行為が「処分」に当たるか。第1-1(2)の処分性の定義により判断する。
住民票に特定の者の氏名等を記載する行為は、公権力の主体たる市町村長が、法に基づく優越的地位から一方的に行う公法上の行為であるため、公権力性が認められる。
また、当該記載行為は、その者が当該市町村の選挙人名簿に登録されるか否かを決定づけるものであり(法15条)、選挙権の行使の前提となる法的地位を直接形成するものといえる。
したがって、住民票の記載は「処分」に当たる。また、裁判所の判断が可能な程度に特定されているといえるから、「一定の処分」といえる。
(3)ア では、「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法37条の2第1項)が認められるか。
重大な損害の判断は、行訴法37条の2第2項の考慮勘案事項に従って判断される。
イ 確かに、Aは乳児であり、選挙権を得るまで十数年あるため、直ちに選挙人名簿への登録に関する不利益は生じない。また、甲市は住民基本台帳に記録されていない住民に対しても、多くの場合、記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供している。
しかし、住民票は選挙人名簿への登録のみならず、就学、国民健康保険、年金等に係る事務処理の広範な基礎とされてい(法1条参照)。そのため、居住関係の証明が必要となる社会生活の様々な手続において、住民票の提出ができないことによる不利益が広範に生じる。さらに、甲市の行政サービスを受けるための手続が煩雑になることも含め、日常の市民生活におけるこれら不利益の累積は、社会通念上看過できない重大な負担である。
また、住民票が存在しないという状態は、個人の社会的存在の公的な証明が欠如していることを意味し、その回復は住民票の記載をもってしか実現し得ない。そのため、金銭賠償等による事後的な回復も困難である。
以上より、住民票の記載がされないことによりAに生ずる損害は「重大な損害」に当たる。
(4) 前述のとおり、Dの応答は「処分」に当たらず、取消訴訟及び申請満足型義務付け訴訟は提起できないから、直接型義務付け訴訟によるほかに「その損害を避けるため他に適当な方法」(行訴法37条の2第1項)はない。
また、Aは住民票の記載がなされるべき住民本人であり、義務付けを求めるにつき「法律上の利益を有する者」(行訴法37条の2第3項)に当たる。
以上より、直接型義務付け訴訟の訴訟要件を充足することから、Aは、自らに係る住民票の記載を求める直接型義務付け訴訟を提起すべきである。
第2 設問後段 本案での主張について
1 直接型義務付け訴訟の本案勝訴要件は、「行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること(行訴法37条の2第5項)である。
施行令12条3項は、市町村長は、住民基本台帳に「脱漏」があることを知ったときは、事実を確認して、職権で住民票の記載等を「しなければならない」と規定しており、要件充足時に市町村長の効果裁量の余地はない。
したがって、施行令12条3項の要件該当性が問題となる。
2 出生の場合の住民票の記載は、原則として戸籍法上の届出が受理されたときに職権で行うこととされている(施行令12条2項1号)。これに対し、施行令12条3項は、2項とは別個独立に、脱漏がある場合の職権記載義務を定める規定である。
そして、法1条は「住民に関する記録を正確かつ統一的に行う」ことを住民基本台帳制度の目的としており、市町村長にはそのための定期的な調査権限(法34条1項)及び随時の調査権限(法34条2項)が付与されている。
これらに照らせば、市町村の区域内に住所を有する者が住民基本台帳に記録されていない場合には、戸籍法上の届出が受理されていないときであっても、「脱漏」に当たり、市町村長は施行令12条3項に基づき職権で住民票の記載をすべき義務を負うと解すべきである。
3 Aは、2008年9月29日に甲市において出生し、甲市の区域内に住所を有する住民である。にもかかわらず、Aに係る住民票の記載は存在しないのであるから、住民基本台帳に「脱漏」がある。
また、Dは、Cからの申出及びその後の交渉を通じて、Aが甲市内に居住していること及び住民票の記載がないことを認識しており、「脱漏」があることを「知った」といえる。そして、本件出生届が受理されなかったのは、「嫡出子又は嫡出でない子の別」(戸籍法49条2項1号)の欄が空欄であったためにすぎず、当該記載事項は住民票の記載事項(法7条)に含まれていない。すなわち、住民票の記載事項とは無関係な事由により記載がなされていないにすぎず、施行令12条3項に基づく記載義務を免除する理由とはならない。
したがって、Dは同条項に基づきAの住民票の記載をすべき義務を負い、「行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らか」であるといえる。
4(1) 仮に、市町村長による職権発動の要否及び時期について、行政の専門的・技術的判断に基づく一定の裁量が認められると解したとしても、「行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」(行訴法37条の2第5項)場合に当たる。
(2) 裁量権が認められる場合であっても、権限を定めた法令の趣旨・目的等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合には、裁量権の逸脱・濫用となる。
(3) 法1条は、住民に関する記録の正確性・統一性を目的とし、法3条1項が市町村長に住民基本台帳の整備義務を課している。そして、Aが甲市の住民であるにもかかわらず住民票の記載がなされないことにより前述のとおり重大な不利益を被っていること、記載がされない原因が住民票の記載事項とは無関係な戸籍法上の事由にすぎないこと、及び、Dには調査権限(法34条)が付与されておりAの居住の事実を容易に確認し得ることを総合考慮すれば、Dの不行使は許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く。
第3 結論
1 以上より、弁護士Fは、Aを原告、甲市を被告として、Aに係る住民票の記載を求める直接型義務付け訴訟(行訴法3条6項1号)を提起すべきである。
そして、その本案においては、市町村長Dには施行令12条3項に基づく職権記載義務があり、住民票を記載しないことは当該実体的義務に違反するものである旨、及び仮に職権発動に裁量が認められるとしても裁量権の逸脱又はその濫用に当たる(行訴法37条の2第5項)旨を主張すべきである。
以上


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