目次
【参考答案】
第1 甲が本件財布を持ち去った行為について
1(1) 甲が本件財布を持ち去った行為につき、窃盗罪(刑法(以下法令名省略)235条)が成立するか。
(2)ア 窃盗罪の客体は「他人の財物」(235条)であるから、第一次的保護法益は所有権である。もっとも、自力救済禁止の原則に照らすと、242条の「占有」は権原を問わない事実上の占有を意味すると解される。
したがって、窃盗罪は所有権に加えて占有をも保護法益としていると解する。
イ 本件財布は、Aの所有物であるため、「他人の財物」に当たる。
(3)ア 「窃取」とは、他人の占有する財物を、占有者の意思に反して自己又は第三者の占有に移転させることをいう。そこで、置き忘れていた本件財布に占有が認められるかが問題となる。
イ 占有とは、財物に対する事実上の支配をいう。占有の有無は、占有の事実と占有の意思を総合し、社会通念に従って判断する。
ウ(ア) Aの占有について、本件財布は、小さく軽い物であり、置かれた場所もスーパーマーケットBの6階のエスカレーター脇の通路という不特定・多数の者が出入りする場所のベンチであるから、排他性は弱い。
また、甲が本件財布を持ち去った時点では、Aが財布を置き忘れてから約2分が経過しており、Aはエスカレーターで6階から地下1階に向かっていた。6階から地下1階までのエスカレーターによる所要時間は約2分20秒であることから、甲が財布を持ち去った時点でAは低層階まで降りていたものと推測され、Aが本件財布の占有を取り戻すことは困難であった。
加えて、Aは甲が財布を持ち去った時点では財布を置き忘れたことに気づいていないため、占有の意思も希薄化しているといえる。
以上の事情を総合すると、Aの占有は認められない。
(イ) では、D子の占有が認められるか。
確かに、D子は本件財布から6メートルほど先の椅子に座っており、Aが財布を置き忘れたのを現認し、本件財布を注視していた。しかし、D子は本件財布を自己の支配下に置くための具体的な行動をとっておらず、第三者が持ち去らないようにするための管理態勢を何ら構築していなかった。
したがって、占有事実も占有意思も認められないことから、D子の占有も認められない。
(ウ) スーパーマーケットBの占有が認められないか。
確かに、本件財布はBの店舗内に存在しており、Bの権利権が及ぶ支配領域内にある。しかし、現場は営業時間中の6階エスカレーター脇の通路という、不特定多数の客が自由に立ち入りできる場所のベンチである。旅館の個室等とは異なり、事実上誰でもアクセスできる状況に放置されていたにすぎず、店側による特定の管理措置がとられていたとはいえない。
したがって、Bの事実上の支配も及んでおらず、その占有も認められない。
(4) 以上より、本件財布にはA、D子、Bいずれの占有も認められない。したがって、甲が本件財布を持ち去った行為は、占有者の意思に反する占有の移転とはいえず、「窃取した」に当たらない。
よって、甲の行為は窃盗罪の構成要件に該当せず、窃盗罪は成立しない。
2(1) では、甲が本件財布を持ち去った行為につき、占有離脱物横領罪(254条)が成立するか。
(2) 上記1(3)ウの通り、本件財布にはいずれの者の占有も認められないから、「占有を離れた他人の物」に該当する。
そして、「横領」とは、不法領得の意思を発現する行為、すなわち、物の経済的用法に従い所有者でなければできない処分をする行為をいうところ、甲は本件財布を自己の支配下に置くべく持ち去っているから、「横領」したといえる。
したがって、占有離脱物横領罪の客観的構成要件を満たす。
(3)ア もっとも、甲は本件財布を3m離れた場所にいるCの占有物であると誤信して持ち去っている。そのため、主観的には窃盗罪の故意で、客観的には占有離脱物横領罪を実現したことになる。そこで、甲に占有離脱物横領罪の故意が認められるかが問題となる。
イ 故意(38条1項)とは、構成要件該当事実の認識・認容をいうところ、行為者が認識した事実と現実に発生した事実が構成要件を異にするときは反対動機の形成が不可能であり故意は阻却される。一方、構成要件が実質的に重なり合う場合には、重なり合う限度で反対動機の形成が可能であるから故意犯が成立する。
そして、構成要件の中核的要素が実行行為と結果であることから、重なり合いの判断基準は保護法益と行為態様の共通性により判断する。
ウ 占有離脱物横領罪の保護法益は「財物の所有権」であり、窃盗罪の保護法益は「財物の所有権および占有」であるから、両罪の保護法益は所有権の限度で共通性がある。また、占有離脱物横領罪と窃盗罪の行為態様は、他人の財物を不法に領得する行為であるという点で共通性がある。
したがって、両罪の構成要件は実質的に重なり合うといえるので、占有離脱物横領罪の故意が認められる。
3 以上より、甲が本件財布を持ち去った行為には、占有離脱物横領罪(254条)が成立する。
第2 甲がA名義のクレジットカードを使用して商品を購入した行為について
1 甲がA名義のクレジットカードを呈示して1万2000円相当の商品を購入した行為に、加盟店であるスーパーマーケットBを被害者とする詐欺罪(246条1項)が成立するか。
2(1)ア 欺罔行為とは、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。
イ クレジットカードシステムは会員に対する個別的な信用を基礎としており、名義人以外の使用は禁止されている。そのため、甲がA名義のクレジットカードを呈示して商品の購入を申し込む行為は、自身が正当な権限を有する名義人本人であるという事実を黙示的に表示する行為といえる。そして、加盟店は、名義人とカード提示者の同一性を確認する義務を負っており、これに違反して不正使用を見逃した場合、信販会社からの立替払いを拒絶される危険を負う。そのため、本件売場において2万円未満の決済につき暗証番号の入力が省略される運用がなされていたとしても、担当係員Fは、甲がA本人ではないと認識していれば決済に応じることはなかったといえる。
したがって、甲が名義人A本人であるか否かという事実は、Fの交付の判断の基礎となる重要な事項に当たる。なお、加盟店には信販会社から立替払いを拒絶され、代金回収ができない危険を負う点に実質的な財産的損害が肯定でき、事後的に立替払いがなされた事情は、行為時の損害認定に影響しない。
よって、甲が自己をA本人であると装いカードを呈示した行為は、挙動によって虚偽の重要な事実を告知するものであり、欺罔行為に当たる。
(2) 甲の上記欺罔行為により、売場の担当係員Fは、甲が正当な名義人A本人であると誤信しているから、錯誤が認められる。そして、Fは錯誤に基づき、決済に応じて1万2000円相当の商品を甲に引き渡しているから、財物の交付を受けたといえる。
3(1) 甲は、A名義のクレジットカードの不正使用であることを認識しており、Fを欺いて商品を交付させることの認識・認容があるので、詐欺罪の故意がある。
(2) 詐欺罪における不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物をその経済的用法に従い利用又は処分する意思をいうところ、甲は騙し取った食料品や高級ワインを、自分のものとして消費または利用する目的であったといえるため、不法領得の意思も認められる。
4 以上より、甲の行為には、Bを被害者とする詐欺罪(246条1項)が成立する。
第3 罪数について
1 以上より、甲には、占有離脱物横領罪(254条)と詐欺罪(246条1項)が成立する。両罪は併合罪(45条前段)となる。
以上

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