参考答案 刑法事例演習教材〔第3版〕 問題20 クリスマスイブの事件

目次

 

【参考答案】

第1 甲がAに睡眠薬を飲ませた行為について

1 甲が、Aに対し睡眠薬を飲ませた行為に殺人未遂罪(刑法(以下法令名省略。)203条、199条)が成立するか。

 2(1) 甲が睡眠薬を飲ませた行為の時点で殺人罪の実行の着手が認められるか。

  (2) 実行の着手は、43条の「犯罪の実行に着手して」という文言により、構成要件該当行為もしくは構成要件該当行為に密接な行為がなされ、かつ、未遂犯の処罰根拠が法益侵害の具体的危険性にあることから、既遂に至る客観的危険性が認められた時点で実行の着手が認められる。
 また、密接性と危険性を的確に判断するためには客観的事情のみならず行為者の犯行計画を考慮する必要がある。なぜなら、ある行為の持つ危険性や密接性は、犯人がその行為の次にどのような行為に出ようと考えているかを踏まえなければ、適切に評価できないからである。

  (3) 甲の飲ませた睡眠薬の量は、致死量に達しているものではなく、Aの生命を侵害する危険性は認められない。もっとも、甲の犯行計画は、Aを昏睡させた上で放火して殺害するというものであり、睡眠薬を飲ませる行為は、Aの抵抗を排して続く放火殺害を確実に行うための不可欠かつ密接な手段として計画されていた。
 そして、甲はAを昏睡させれば、他に放火を障害する人物の居ない甲宅においては、その後の放火行為に何らの障害もない状況だったのであるから、Aを昏睡状態に陥らせた時点で、もはやAの生命に対する具体的危険は切迫していたと評価できる。
 したがって、甲がAに睡眠薬を飲ませた行為は、殺人罪の実行の着手に当たる。

  (4) そして、実行に着手して殺人罪を遂げなかった場合であるから、甲がAに睡眠薬を飲ませた行為は、殺人未遂罪の客観的構成要件に該当する。

  (5) また、甲は、睡眠薬の投与およびその後の放火による殺人という一連の殺人行為により、Aを死亡させることを認識し、認容していたのであるから、殺人の故意(38条1項)も認められる。

 3(1) もっとも、甲は、新聞紙に火をつけるのをやめ、救急車の派遣を求めていることから、中止犯(43条但書)が成立しないか。

    (2)ア 中止犯が成立するためには、第1に「自己の意思によ」ることが必要である。
 中止犯が行為者に必要的減免という褒賞を与えるものであることを考慮すれば、行為者の認識した事情が経験則上一般に犯行の遂行を妨げる事情ではない場合に任意性を肯定すべきである。

      イ 殺人犯人一般であれば、憎しみを募らせて殺害を決意し、睡眠薬で被害者を昏睡させて放火の準備まで整えた段階で、急に被害者を「かわいそう」と思うことは、犯行の遂行を妨げる障害として通常考えられるものではない。  それにもかかわらず、甲はまさに火をつけようとするのをやめているのであるから、その中止は「自己の意思によ」るものと認められる。

    (3)ア 中止犯が成立するためには、第2に「犯罪を中止した」ことが必要である。
 中止犯の刑の必要的減免の主たる根拠は、刑の必要的減免により中止行為を奨励して結果の発生を予防する刑事政策的考慮にある。「中止した」といえるためには、結果発生の防止に向けた積極的行為を行い「既遂の危険を消滅させること」が必要である。しかし、中止行為といえるためには、それに加えて、必要的減免という褒賞・特典を与えるにふさわしい「真摯な努力」をしたと評価できなければならない。

      イ 甲は、Aの呼吸が弱いことに気づき、Aを助けるために消防署に電話をして救急車の派遣を求めている。これは、素人である甲にとって、Aの生命を救うための最も適切かつ有効な措置であり、結果防止に向けられた「真摯な努力」と評価できる。
 確かに、甲は「夫が睡眠薬を飲んで自殺を図った」と虚偽の申告をしている点は自己の犯罪を隠蔽しようとする行為であり、非難されるべきであるが、自己の犯罪事実を告白する行為に繋がることから、過度な倫理性を要求すべきではなく、隠蔽事実をもって、中止行為の真摯さを直ちに否定すべきではない。
 したがって、甲の救急車要請行為は「真摯な努力」に当たる。

    (4)ア Aの飲んだ睡眠薬の量は致死量に達していなかったことから、甲の中止行為がなくともAは死亡しなかったといえ、中止行為と結果不発生との間の因果関係が問題となる。

      イ この点、中止未遂の減免根拠は、任意に犯行を思いとどまり、結果不発生のために真摯な努力をしたこと自体を評価する点にあると解される。そうであれば、仮に客観的な因果関係が認められない場合であっても、行為者の真摯な努力が認められる以上、中止犯の成立を認めるべきである。
 そのため、睡眠薬が致死量未満であったという事実は、中止犯の成立を妨げない。

4 以上より、甲の行為は中止犯の要件を充たす。よって、甲には殺人未遂罪(203条、199条)が成立するが、43条但書により、必要的減免を受ける。

第2 甲が甲宅に灯油をまいた行為について

1 甲が甲宅に灯油をまいた行為に現住建造物放火未遂罪(112条、108条)が成立するか。

 2(1) 前提として、甲宅には甲の配偶者Aが居住していることから、「現に人が住居に使用」しているといえる。
 そこで、甲が灯油をまいた行為に現住建造物放火罪の実行の着手が認められるかが問題となる。

  (2) この点、第1-2(2)において示した実行の着手の判断基準にしたがって判断する。
 甲の犯行計画は、Aを眠らせて、灯油をまき、ライターと新聞紙で点火して放火するというものであった。このような計画を前提とすると、灯油をまく行為は、放火行為と密接な行為であるといえる。そして、甲はその計画に従い、Aを睡眠薬で眠らせて、現に甲宅居間の隣室に灯油をまき、点火用具であるライターと新聞紙を取り出している。この段階において、甲の放火行為の実行を障害する事情は存在しない状況だったのであるから、甲が灯油をまいた時点で、甲宅が焼損するという既遂に至る客観的危険性は、具体的に切迫していたと評価できる。
 したがって、甲の灯油をまく行為は現住建造物放火罪の実行の着手に当たる。

  (3) そして、現住建造物放火罪の実行に着手して、「焼損」結果が生じなかった場合であるから、現住建造物放火未遂罪の客観的構成要件に該当する。
 また、「自宅に放火し」て保険金を得ることを決意し、その計画に基づいて本件行為に及んでいるから、甲には現住建造物放火の故意も認められる。

 3(1) もっとも、甲は新聞紙に火をつけるのをやめていることから、中止犯(43条但書)が成立しないか。

  (2) 灯油単体には、焼損結果が発生する具体的危険が低いことから、単に、それ以上犯行を進めないという不作為をもって「犯罪を中止した」といえる。
 そして、甲はAがかわいそうになったという内部的な動機で実行を中止していることから、任意性も認められる。
 したがって、中止犯の要件をすべて充たす。

4 よって、甲には現住建造物放火未遂罪(112条、108条)が成立するが、43条但書により、必要的減免を受ける。

第3 結論

1 以上より、甲には、殺人未遂罪と現住建造物放火未遂罪が成立し、併合罪(45条)となる。

以上

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