参考答案 刑法事例演習教材〔第3版〕 問題8 トランク監禁の悲劇

目次

 

【参考答案】

第1 甲の罪責について

1 Aの顔面を手拳で数回殴打した行為は、Aに対する有形力の行使として「暴行」に当たり、暴行罪(刑法(以下法令名省略)208条)が成立する。  なお、Aの顔面を手拳で数回殴打したのは、Aに腹を立てたためであり、財物交付目的によるものではない。したがって、恐喝未遂罪(250条、249条1項)は成立しない。

 2(1) Aの身体をつかみ、トランク内に無理矢理押し込んだ行為について、監禁致死罪(221条)が成立しないか。

  (2) 「人」であるAを脱出が困難であるトランク内に閉じ込めることは、Aがトランク内から脱出することを著しく困難にさせ、移動の自由を奪う行為であるから「監禁」に当たる。また、3月12日午後6時頃にAの心臓停止が確認されており、同時点においてAの死亡結果が発生している。

    (3)ア では、甲の監禁行為とAの死亡結果との間に因果関係が認められるか。監禁行為と死亡結果との間に、丙車の追突とG医師による人工呼吸器の取外しという介在事情が存在することから、問題となる。

      イ 結果発生の危険性を有する実行行為と結果との因果関係は、偶然的結果を排除し、適正な帰責範囲を画するために、客観的に存在する全ての事情を判断資料とし、条件関係があることを前提に、行為の持つ危険が結果に現実化したか否かによって判断されるべきである。
 具体的には、①実行行為が生じさせた危険の内容・程度、②介在事情の性質や結果への影響、③実行行為と介在事情の関係を考慮して判断する。

      ウ 甲の監禁行為がなければ、Aがトランク内で追突事故に遭い、その後の医療措置を経てAが死亡するという結果はなかったといえるので、条件関係がある。
 甲はAを自動車のトランクに押し込んでいるところ、トランクは人を乗せることを想定しておらず、特に後部からの追突の衝撃をまともに受ける、きわめて危険な場所である。このような場所に人を監禁し、自動車を公道で運行する行為には、追突事故に遭えばトランク内の人が死亡するという危険性が含まれている。
 まず、丙の追突により、Aは死因となった頭部挫傷の傷害を負っているから、その寄与度は大きいといえる。もっとも、甲の実行行為は、Aをトランクという、人が乗ることを想定しておらず、追突の衝撃をまともに受けるきわめて危険な場所に乗せたというものであり、実行行為の中に追突事故の危険を著しく拡大させる危険が含まれているといえる。
 確かに、丙には前方不注意という過失が認められるが、道路上に停車中の車が後続車から追突されること自体は、交通社会において異常性が大きいとまではいえない。そのため、丙の追突という介在事情により、因果関係は否定されない。
 次に、G医師が人工呼吸器を取り外した行為により、Aの心臓を停止させているものの、Aは甲の実行行為により生じた脳損傷により、既に脳死状態に陥っており、介在した人工呼吸器の取外しは、死期を早めたにすぎない。
 そうすると、G医師の介在事情が存在しなくとも結果は実質的に異ならないため、介在事情の結果への寄与度は小さい。
 以上より、甲の監禁行為が有していた追突によるトランク内での死亡という危険が、丙の追突行為とG医師の医療行為という一連の介在事情を経由して、Aの死亡結果として現実化したものといえる。
 したがって、甲の監禁行為とAの死亡結果との間には因果関係が認められる。

  (4) 結果的加重犯たる監禁致死罪においては、基本行為と加重結果との因果関係があれば足り、加重結果発生の予見可能性は不要である。
 本件では、甲がAをトランク内に監禁するということを認識したうえで、あえて行っているから認容も認められる。

  (5) したがって、甲にはAに対する監禁致死罪が成立する。

3 よって、甲には暴行罪と監禁致死罪が成立し、併合罪(45条前段)となる。

第2 乙の罪責について

 1(1) 甲が車内でAの顔面を殴打した行為について、乙に暴行罪の共同正犯(60条)は成立するか。

  (2) この点、甲と乙は車に同乗していたにとどまり、Aを殴打することについての意志連絡は認められない。そのため、暴行罪の共同正犯は成立しない。

  (3) では、乙に暴行罪の幇助犯(62条1項)が成立するか。

  (4) 幇助犯が成立するには、実行行為を容易にする幇助行為と実行行為を助ける幇助意思が必要となる。
 本件で、乙は自動車の運転を続けていたにとどまり、甲とAのもめ事には利害関係はなく、見て見ぬ振りをしていただけであった。確かに、運転を続けたことが、結果的に甲の暴行を容易とした側面が認められ得るが、乙に甲の暴行行為を助けようとする幇助意思は認められない。
 したがって、乙に暴行罪の幇助犯も成立しない。

  (5) 以上より、甲の暴行行為に関して、乙に共犯は成立しない。

 2(1) 乙が、甲とともにAをトランクに押し込んだ行為に、監禁致死罪の共同正犯(60 条)が成立しないか。

  (2) 「2人以上共同して犯罪を実行した」(60条)といえるためには、「共謀」と「共謀に基づく実行」が必要である。
 共謀とは、故意と正犯意思をもった者同士が相互的意思連絡により特定の犯罪を共同遂行する旨の合意をいう。
 共謀に基づく実行とは、共謀に基づいて実行行為を行うことであり、実行行為を分担しなかった者についてはその代わりとして結果に対する重大な寄与が必要である。

  (3) 乙は、当初、甲とAのもめ事を見て見ぬ振りしていたものの、Aが逃走する直前ころには、甲に協力しようという気持ちになっている。このことから、乙には、Aの監禁を甲と共同して自己の犯罪として行う正犯意思が認められる。
 そして、その意思に基づいて、甲と一緒にAを追跡し、捕まえ、甲と2人でAをトランクに無理矢理押し込んでいる。この一連の共同行動を通じて、乙と甲との間には、遅くともAを捕まえた時点までには、共同して監禁を実行しようという目次的な相互的意思連絡が成立している。
 したがって、「共謀」が成立したと認められる。
 さらに、乙は、この共謀に基づいて、自ら、甲と2人でAをトランクに押し込むという監禁罪の実行行為を行っている。したがって、「共謀に基づく実行」も認められる。

  (4) 以上より、乙には、監禁罪の共同正犯が成立する。そして、この共同で行った監禁行為とAの死亡結果との間には、甲の罪責で検討したとおり因果関係が認められるから、乙にも監禁致死罪の共同正犯(221条、60条)が成立する。

第3 丙の罪責について

 1(1) 丙が、前方不注意により乙の自動車に追突し、Aを死亡させた行為について、自動車運転過失致死罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)が成立するか。

  (2) 自動車運転死傷処罰法5条は、「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた」場合に成立する。
 「自動車の運転上必要な注意」とは、自動車運転者が自動車を発進させてから停止するまでの行為において必要とされる注意義務をいう。その内容は、刑法が法益保護を目的としていることから、結果を回避すべき義務に違反したことをいう。そこで、甲に結果回避義務違反が認められるかが問題となる。

 2(1) 本件の場合、丙がとるべき結果回避措置は、前方をよく注視して走行し、前方に停車車両などの障害物を発見した場合には、直ちにブレーキやハンドル操作を的確に行い、衝突を回避するという措置(以下「本件回避措置」という。)だといえる。
 一方、丙に本件前方注視措置をとることを法的に義務づけるためには、結果の発生が予見可能かつ、結果を回避することが可能でなければならない。なぜなら、果の発生が予見できない者や、結果を回避することができない者に、結果回避義務を課すことはできないからである。

    (2)ア 丙に予見可能性が認められるか。過失犯における予見可能性は、結果発生に至る具体的な因果経過の詳細までする必要はなく、結果および結果に至る因果関係の基本的部分について、結果回避措置を動機づける程度に具体的に予見可能であれば足りると解する。

      イ 公道を自動車で走行するにあたっては、たとえ見通しのよい道路であっても、前方に他の車両が停車している可能性は、自動車を運転する上で常に想定すべき基本的な状況であるといえる。
 そうすると、丙は、もし前方を注視しないで走行すれば、前方の停車車両に気付かず追突し、それによって人を死傷させるかもしれないという因果関係の基本的部分については、運転時点で具体的に予見可能であり、予見すべきだったといえる。
 したがって、本件回避措置を動機づける程度の予見可能性は認められる。

    (3)ア 次に、結果回避可能性が認められるか。結果回避可能性が認められるためには、行為者が当該結果回避措置をとることが現実的に可能かつ、そのような措置をとればほぼ確実に結果を回避できたといえることが必要である。

      イ 丙が本件回避措置をとること自体が可能であったことは明らかである。そして、現場は、ほぼ直線の見通しのよい道路であったことからすると、もし丙が本件回避措置をとっていれば、時速約60キロメートルで走行していたとしても、停車中の乙車両を至近距離に至るまで気付かないということはなく、十分手前の地点でこれを発見できたはずである。そうであるならば、ブレーキやハンドル操作により、衝突を回避することはほぼ確実に可能であったといえ、結果回避可能性も認められる。

  (4) 以上より、丙には、結果の予見可能性・回避可能性が認められるから、本件回避措置をとるべき結果回避義務が課されていたことになる。
 にもかかわらず、丙は前方不注意によってこの義務を怠り、乙の自動車に追突してAを死亡させている。

3 また、丙が前方不注意という義務違反を犯さなければ、本件追突事故は発生せず、Aが死亡することもなかったから、条件関係は認められる。
 そして、丙の前方不注意な運転という行為が持つ「追突によって人を死傷させる」という危険が、Aの死亡という結果に現実化したものといえ、因果関係も認められる。

4 よって、丙には「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた」ものとして、過失運転致死罪(自動車運転死傷処罰法5条)が成立する。

以上

コメント