参考答案 刑法事例演習教材〔第3版〕 問題3 ヒモ生活の果てに

目次

 

【参考答案】

第1 甲の罪責

 1(1) 甲がBの左頬及び頭部右側を殴打した行為について、傷害致死罪(刑法(以下法令名省略)205条)が成立しないか。

  (2) 上記の通り、甲はBという「人」の「身体」に当たる頭部に殴打という不法な有形力の行使たる暴行を加え、硬膜下出血、くも膜下出血などの生理的機能障害を生じさせたことから「傷害」を負わせた(204条)といえ、Bには「死亡」結果が発生している。

    (3)ア もっとも、Bが上記傷害を負ってから死亡するまでに、甲が殺意をもって医療措置を受けさせなかった不作為が介在していることから因果関係が認められるか問題となる。

      イ 結果発生の危険性を有する行為と結果との間の因果関係は、偶然的結果を排除し、適正な処罰範囲を画定するため、行為時に存在する客観的事情を判断資料とし、条件関係があることを前提として、行為の持つ危険が結果に現実化したか否かにより判断されるべきである。
 具体的には、①実行行為が生じさせた危険性の内容・程度、②介在事情の性質・結果への影響、③実行行為と介在事情との関係等を考慮して判断する。

      ウ 本問では、甲による頭部殴打がなければ、脳機能傷害を負うこともなく、結果として死亡することもなかったから、条件関係が認められる。
 そして、甲による救命行為を受けさせなかった行為が介在事情として存在するところ、既に甲による暴行によって脳機能障害を負っているBには、死亡という結果発生の危険が設定されており、当該介在事情は既に存在する危険が結果へと現実化することを食い止めない不作為である。不作為は、危険性を増幅させるものではないから、結果への寄与度は小さい。そうすると、Bの死亡結果を惹起する危険が、実行行為たる甲の暴行に含まれており、その危険が結果に現実化したといえ、因果関係が認められる。

  (4) そして、甲は上記暴行行為を認識し認容しているから、故意(38条1項本文)が認められる。

  (5) したがって、甲がBの左頬及び頭部右側を殴打した行為に傷害致死罪が成立する。

 2(1) 甲がBを病院に連れて行かずに死亡させた不作為について、殺人罪(199条)が成立するか。
 199条は、作為による殺人のみならず、不作為による殺人をも処罰対象としているが、いかなる時にいかなる内容の作為義務が発生するか明文で規定していないことから、解釈でそれらを明らかにする必要がある。

  (2) この点、作為義務は作為と同価値であるといえる場合に認められる。そして、作為とは、結果へと至る因果の流れを設定し、その経過を支配する行為であるから、不作為が作為と同価値といえるためには、因果経過を具体的に支配したと評価できる必要がある。そのためには、排他的支配が認められ、かつ危険創出行為(先行行為)もしくは保護の引き受けが認められることが必要である。

    (3)ア 甲とBは乙の家で3人だけで暮らしており、甲は実家にも連絡先を知らせていない。このような状況においては、Bの生命・身体の安全はもっぱら甲の保護に委ねられており、甲はBの生命に対する排他的支配が認められる。
 そして、甲はBの実母であり、親は子を保護すべき義務を負う(民法820条)。
 また、甲はBを殴打し、硬膜下出血等の生命に危険な傷害を負わせている。このように、自らの行為によって結果発生の危険を引き起こした者は、その危険を除去し、結果の発生を防止すべき義務を負う。
 これらのことから、甲には、Bが意識を失った時点で、直ちに病院に連れて行くなどしてその生命を救助すべき作為義務があったといえる。

      イ 本件では、治療設備の整った総合病院が甲および乙の住居から車で10分程度の場所にあり、救急車を呼ぶもしくは自車でBを運べば、すぐに治療が可能な状況にあったのであるから、Bを病院に連れていき治療を受けさせることは可能かつ容易であったといえる。
 にもかかわらず、Bを病院に連れて行かず放置したことは作為義務違反として、実行行為性が認められる。
 そして、実際にBには死亡結果が発生している。

    (4)ア 不作為犯の場合、条件関係は、作為義務を履行すればほぼ確実に結果を回避できたといえるときに認められる。
 なぜなら、作為義務を履行しても結果が回避できないのに結果を帰責するのは「疑わしきは被告人の利益に」の原則に反するからである。

      イ Bはすぐに治療を受ければ救命は確実であった以上、結果回避可能性が認められ、条件関係が認められる。
 そして、死因は硬膜下血腫に起因する障害であり、解消されるべき危険が現実化したものといえ、法的因果関係も認められる。
 したがって、因果関係は肯定される。

  (5) 甲は、Bが意識を失い、ぐったりしている状況を認識しており、乙に「病院に連れて行かなければBの命が危ない」と言っていることから、死の結果発生の可能性を認識していたといえる。それにもかかわらず、このままBが死亡してしまえば、乙との関係もうまくいくと考え、死の結果発生を容認して、あえて医療措置を受けさせなかったのであるから、殺人について未必の故意が認められる。

  (6) よって、甲の上記不作為には、殺人罪(199条)(なお、後述の通り、乙とは保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となる。)が成立する。

3 以上より、甲には傷害致死罪と殺人罪が成立するが、両罪は、Bの生命・身体という保護法益の同一性があり、一連の行為であるため包括一罪となる。したがって、法定刑の軽い傷害致死罪が殺人罪に吸収され、殺人罪のみが成立する。

第2 乙の罪責について

 1(1) 乙は、甲がBを繰り返し殴打するのを認識しつつ、これを制止せず漫然と放置している。
 前提として、この不作為について傷害致死罪の共同正犯(60条、205条)は成立しない。なぜなら、片面的共同正犯は認められないこと、甲の暴行についての黙示の意思連絡も認定できないこと、そして、甲による暴行行為は作為であり結果に至る因果経過を支配するものであるから、甲は正犯となるのに対し、乙が甲の犯行を止めない行為は不作為である。不作為は作為に比べて結果に対する寄与度が低いと考えられるため、原則として、乙の行為につき傷害罪致死罪の幇助犯(62条1項、205条)の成否が問題となる。

    (2)ア 乙の幇助行為は不作為であるから、作為義務に違反したことが必要である。  不作為が作為による幇助行為と同視できるといえるためには、結果発生を防止すべき作為義務が認められることが必要であり、その判断にあたっては、排他的支配、先行行為あるいは保護の引受け等を考慮する。

      イ 本件では、乙はBの親権者ではなく、法律上の監護義務はない。しかし、乙は甲に対し「Bも一緒に連れてきたらいい」と提案して同居を開始させ、当初はBの世話も行うなどして、Bの生命・身体の安全につき事実上保護の引受けがあったといえる。
 また、甲の暴行は、乙に疎まれたくないという動機から行われており、乙が制止すれば直ちに暴行が止んだという経緯がある上、密室において暴行を制止しBを救助し得るのは、実母である甲を除けば乙のみであったといえるから、排他的支配も認められる。
 さらに、乙は言葉で制止するだけで容易に暴行を止めることができたのであるから作為可能性・容易性も認められる。
 したがって、乙には甲の暴行を制止すべき作為義務が肯定され、これを漫然と放置した乙の態度は、作為義務違反として不作為による幇助行為にあたる。

    (3)ア 幇助犯の処罰根拠は、正犯者を介して間接的に法益侵害を惹起した点にある。共犯は処罰拡張事由であるから、正犯者に要求される厳密な条件関係までは不要であり、心理的または物理的に正犯者の犯行を容易にして結果を促進したといえれば足りる。
 そして、物理的な寄与がない不作為の場合には、不作為者が期待された作為を行っていれば、正犯の犯行を阻止ないし困難化させる可能性があったといえれば、不作為による促進的因果関係が認められると解する。

      イ 甲は、乙に疎まれたくないという動機から暴行に及んでおり、過去に乙から「やりすぎじゃないか」と注意された際には直ちに暴行をやめていた事実がある。そうすると、もし乙が言葉で制止するなどの期待された作為を行っていれば、甲の犯行を阻止できた可能性は極めて高いといえる。それにもかかわらず、乙が漫然と放置してテレビを見続けていた態度は、甲に対して暗黙に暴行を容認しているという安心感を与え、その犯意を維持・強化させたといえる。
 したがって、乙の不作為は甲の犯行を心理的に容易にして結果を促進したといえ、因果性が認められる。

    (4)ア 乙は、甲がBに暴行を加えている事実およびBが傷害を負うことについて認識・認容しているから、幇助の故意(38条1項)が認められる。

      イ もっとも、本件では甲と乙の間に意思の連絡がなく、甲は乙に手助けされているという認識を有していない可能性がある。
 しかし、幇助犯の処罰根拠は、正犯の実行行為を通じた法益侵害の惹起にあるところ、正犯者が援助されていることを知らなくても、客観的に犯行が促進され法益侵害が惹起されれば、処罰根拠は満たされる。したがって、正犯者との間の意思の連絡は不要であり、片面的幇助も認められると解する。

  (5) よって、乙の上記不作為に傷害致死罪の幇助犯が成立する。

 2(1) 乙は、甲から直ちにBを病院に連れて行くべき旨を相談されたが、これを拒絶し、甲と共にBを漫然と放置して死亡させている。この不作為に保護責任者遺棄致死罪の共同正犯(60条、219条)が成立しないか。

    (2)ア 作為義務は作為と同価値といえる場合に認められる。そして、作為は、結果に至る因果の流れを設定しその経過を支配する行為であるから、不作為が作為と同価値といえるためには因果経過を具体的に支配したと評価できることが必要であり、そのためには、排他的支配が認められ、かつ、危険創出行為(先行行為)もしくは保護の引受けが認められることが必要である。

      イ この点、上記第2-1(2)イからすると、排他的支配および保護の引受けが認められるため、乙にはBを保護すべき保護責任者としての地位が認められる。それにもかかわらず、乙は上記作為義務に違反して、容易に救護が可能であったのにBを病院に連れて行かず放置した。この不作為は、要扶助者を保護しない「遺棄」(218条)の実行行為に当たる。

      ウ そして、Bは脳機能障害により死亡している。Bが傷害を受けた時点ですぐに治療を受けさせていれば救命は確実であったから、乙の不作為とBの死亡結果との間の因果関係も認められる。

  (3) 乙は、「死ぬほどの状態ではないだろう」と考えており、死亡結果に対する認識・認容は認められない。しかし、要扶助者であるBを保護せず放置することの認識・認容はあるため、基本犯である保護責任者遺棄罪の故意が認められ、その結果的加重犯である保護責任者遺棄致死罪の故意に欠けるところはない。

    (4)ア 次に、甲と乙との間に共同正犯関係が成立するか。「2人以上共同して犯罪を実行した」(60条)といえるためには、「共謀」と「共謀に基づく実行」が必要である。共謀とは、故意と正犯意思をもった者同士が相互的意思連絡により特定の犯罪を共同遂行する旨の合意をいう

      イ 乙は甲から病院へ行くことを相談された際、これを拒絶し、甲も「私に任せておいて」と応じており、両者の間にはBを病院に連れて行かず放置するという点について意思の連絡が認められる。
 また、乙はBの救命を左右する立場にあり、自己の保身等のために犯行に及んでいることから、自己の犯罪として遂行する正犯意思も認められる。
 そして、この共謀に基づいて、両名でBを放置し死亡させていることから、共謀に基づく実行も認められる。

    (5)ア もっとも、甲には不作為による殺人罪が成立するのに対し、乙には殺意がなく保護責任者遺棄致死罪の故意しかない。このように故意の内容が異なる者同士で共同正犯が成立するか。

      イ この点、共同正犯は集団心理に基づき結果発生の蓋然性を高める点にその本質があるので、共謀とは特定の犯罪を共同して遂行することの合意をいう。そこで、故意の内容が異なる場合は、2つの構成要件が重なり合う限度で共謀が成立すると解すべきである。

      ウ 殺人罪と保護責任者遺棄致死罪は、保護法益は人の生命・身体の安全という点で共通であり、行為態様は他人の生命を侵害する行為という点で共通性がある。
 したがって、実質的にみて構成要件の重なり合いが認められるので、重なり合う軽い保護責任者遺棄致死罪(219条)の限度で共同正犯が成立する。

  (6) よって、乙には保護責任者遺棄致死罪の共同正犯が成立する。

3 以上より、乙には、甲の暴行を制止しなかった点について、傷害致死罪の幇助犯(62条1項、205条)が成立する。また、Bを病院に連れて行かなかった点について保護責任者遺棄致死罪の共同正犯(60条、219条)が成立する。
 同一の被害者の生命・身体に対する侵害であり、時間的場所的接着性があり、一連の経過として行われている。また、両罪ともBの「死亡」という同一の結果を含んでいるため、これを併合罪として別々に評価・処罰することは、同一の死亡結果を二重に評価することとなり相当ではない。
 そのため、両罪は包括一罪の関係に立ち、法定刑は同一であるものの、従犯は刑の必要的減免を受けるから正犯に吸収され、乙には保護責任者遺棄致死罪の共同正犯が成立する。

以上

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