目次
【参考答案】
第1 甲の罪責について
1(1) 甲は、法定速度を20km超過して運転中、飛び出してきたAに車を衝突させ、同人に脳内出血を引き起こさせている。この行為に過失運転致傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)が成立するか。
(2) 「自動車の運転上必要な注意」とは、自動車の運転上要求される結果回避義務であり、義務は可能を前提とするので、それが認められるためには予見可能性が必要である。
また、責任主義の観点から、予見可能性の対象は結果および結果発生に至る因果関係の基本的部分であり、それを結果回避義務を動機づけることが可能な程度に具体的に予見できることが必要である。
(3) 本件において、甲は法定速度を超過しているものの、現場は見通しのよい田舎道であり、通常であれば歩行者の飛び出しを具体的に予見することは困難な状況であった。加えて、Aは道路脇の草むらから突然飛び出してきており、このような突発的な事態まで具体的に予見することは不可能である。
確かに、一般論として「子供が飛び出すかもしれない」という漠然とした危惧感を持つことは可能ともいえる。しかし、本件のような具体的な状況下において、制限速度を遵守して運転すべきという結果回避義務を動機づけることが可能な程度に、Aの飛び出しを具体的に予見することはできなかったといえる。
したがって、甲は「自動車の運転上必要な注意を怠った」といえず、同罪は成立しない。
2(1) 甲がAを公園に運んで置き去りにした行為に、保護責任者遺棄罪(刑法(以下法令名省略)218条)が成立するか。
(2)ア Aは4歳の幼児であり、衝突により脳内出血等の傷害を負い、歩行困難となっている。そのため、Aは「幼年者」かつ「病者」であり、要扶助者にあたる。
イ(ア) 「保護する責任のある者」とは、老年者、病者等の要扶助者の生命・身体の安全を保護すべき法律上の義務を負う者をいう。
(イ) 本件において、甲は事故当事者として道路交通法72条1項前段の救護義務を負っている。同義務は行政法規上の義務にすぎず、直ちに刑法上の保護責任を基礎づけるものではない。もっとも、甲は同義務の履行、あるいは自発的意思に基づいて、負傷したAを病院へ搬送するために自車に乗せている。これにより、Aを移動中の車内という密室に収容し、第三者による保護を期待しえない状況を作出している。
このように、法的な救護義務を契機として、現実に要扶助者を排他的支配下に置いた以上、甲には条理上の保護義務が認められ、「保護する責任のある者」に当たる。
ウ(ア) 遺棄とは、場所的離隔を生じさせることにより要扶助者を保護のない状態に置くことをいう。そして、保護責任者遺棄罪にいう「遺棄」には、要扶助者を場所的に移動させることにより新たな危険を創出する行為である「移置」のみならず、保護しなければ生命の危険が生じ得る要保護者を放置したまま立ち去る「置去り」をも含む。
(イ) 甲は、負傷したAを車から降ろして人気のない公園のベンチに座らせ、その場を立ち去っている。この行為は、形式的には場所的移動を伴うものであるが、Aを従前よりも物理的に危険な場所に移動させたわけではない。むしろ、その実質は直ちに病院で治療を受けさせるべきAを放置し、その医療機会を遮断した点にある。
したがって、当該行為は、要保護者を保護のない状態に維持・継続させる不作為による「置去り」にあたる。
(3)ア 遺棄罪は、条文上危険の発生を要件としておらず、抽象的危険犯と解される。したがって、その故意としては、客体が要扶助者であることおよび遺棄行為の認識があれば足り、具体的危険の認識までは不要である。
イ 甲は、Aが転倒して頭を打ち、歩行困難となっている事実を認識しているから、Aが要扶助者であることを認識していたといえる。その上で、Aを公園に放置するという「置去り」行為を認識・認容している。そのため、甲が「命にかかわることはない」と軽信していたとしても、上記認識がある以上、本罪の故意は阻却されない。
(4) 以上より、甲には保護責任者遺棄罪(218条)が成立する。
3(1) 甲は、事故直後にAを車に乗せているが、最終的に公園に置き去りにしている。この一連の行為が、道路交通法72条1項前段の「負傷者を救護」する措置を講じたといえるかが問題となる。
(2) 同条の救護義務は交通事故の発生に際し、負傷者の救護等を速やかに行わせることで、道路における交通の危険を防止しようとする点にある。
したがって、医師等の専門家に引き渡すなど、適切な救護措置を完了することまでが必要となる。
(3) 本件において、甲はAを車に乗せて事故現場を離れているものの、病院へ搬送することなく、救護者のいない公園にAを放置して立ち去っている。これでは、Aの生命・身体の安全を確保したとはいえず、適切な「救護」措置を講じたとは認められない。
また、甲は事故の責任追及を恐れて逃走しており、救護義務違反の故意も認められる。
(4) よって、甲には道路交通法72条1項前段の救護義務違反が認められる。
4 以上より、甲には保護責任者遺棄罪、道路交通法違反(救護義務違反)が成立し、両罪は併合罪(45条)となる。
第2 乙の罪責について
1(1)ア 乙は、甲に対してAを置き去りにするよう提案し実行させている。もっとも、本罪の主体は「保護責任者」である。
乙は、事故を起こした運転者ではなく、単なる同乗者にすぎず、Aを自車に乗せて排他的支配を設定したのは甲であり、乙がAの保護を引き受けた事実もない。したがって、乙はAについて保護責任者に当たらず、218条の身分を有しない。
そこで、非身分者の乙が保護責任者遺棄罪に関与した場合、いかなる共犯が成立するかが問題となる。
イ 65条1項は真正身分犯の共犯の成立と科刑、2項は不真正身分犯の共犯の成立と科刑について規定したものであると解する。すなわち、65条1項は「犯人の身分によって構成すべき犯罪」と規定しており、これは身分があることによって初めて成立すべき犯罪、つまり構成的身分犯にほかならない。同項は、非身分者を「共犯」として扱うこととし、犯罪の成立だけでなく科刑についても規定している。
これに対し、同条2項は「身分によって特に刑の軽重があるとき」と規定しており、これは加減的身分犯のことであるから、同項は、非身分者について通常の犯罪が成立し、通常の刑を科することを規定しているといえる。
なお、65条1項の「共犯」には、共同正犯だけでなく、教唆犯・幇助犯も含まれると解すべきである。
ウ(ア) 単純遺棄罪(217条)の「遺棄」は、移置のみを指し、置去りは含まれない。そうだとすれば、実行行為が移置である場合には、218条は217条に対する加重類型となるため、その身分は加重身分となる。
他方で、実行行為が置去りである場合には、217条の処罰対象外であり、218条のみで処罰されることとなるため、その身分は犯罪の成立そのものに必要な構成的身分となる。
(イ) 本件において、正犯者である甲の行為は、置去りである。したがって、本件における保護責任者の地位は構成的身分と解すべきである。
そして、65条1項は、真正身分犯の共犯成立について規定したものであるから、身分のない乙についても同項が適用され、保護責任者遺棄罪の共犯が成立し得る。
(2)ア 乙は、甲の犯行計画に積極的に加功して重要な役割を果たしたとはいえず、正犯意思も認めがたい。また、乙は、Aと関わりたくない旨を車内で述べており、共謀も認められない。したがって、共同正犯(60条)には当たらない。
イ もっとも、乙は、事故の責任追及を恐れて決心がつかず迷っていた甲に対し、「降ろして逃げてしまえば」と強く提案している。乙のこの発言は、単なる参考意見の提示や甲の犯意の維持・強化にとどまらず、犯意につき不確定であった甲に、遺棄の決意を生じさせたものといえる。
また、上記発言によって甲に遺棄を決意させ、実行させている以上、共犯としての因果性は認められる。
したがって、乙の行為は教唆(61条1項)に当たる。
(3) 乙は「Aの怪我はたいしたことなさそう」と述べており、Aの生命に対する具体的危険を認識していなかった可能性がある。
もっとも、乙は、Aが車に衝突して転倒した事実を認識しており、Aが要扶助者であることを認識している。その上で、甲に対してAを置き去りにするよう提案し、その実行を認識・認容している以上、本罪の故意(38条1項)に欠けるところはない。
(4) よって、乙には、刑法65条1項の適用により、保護責任者遺棄罪の教唆犯(218条、61条1項)が成立する。
2 乙は、事故車両の同乗者(72条1項前段)として、甲と同様に救護義務を負う。
にもかかわらず、乙は負傷したAの救護・警察への報告等の措置を講じることなく、甲と共に現場から逃走している。
したがって、乙には、道路交通法違反(救護義務違反)が認められる。
3 以上より、乙には、保護責任者遺棄罪の教唆犯(65条1項、218条、61条1項)、道路交通法72条1項前段違反が成立し、両罪は併合罪(45条)の関係に立つ。
以上

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