参考答案 Law Practice 商法〔第5版〕 問題41 経営判断の原則

目次

【答案構成】

 1(1) 請求権の特定(Y₁らA銀行取締役に対し、第1融資および第2融資の実行を決定した取締役会決議に善管注意義務違反となる任務懈怠があるとして、株主代表訴訟(847条1項)により、会社が被った損害560億円の賠償請求)

(2) 423条の要件(①「役員等」(423条1項)、② 会社に対する任務懈怠、③ 損害、④ ②と③との間の因果関係、⑤ ②についての帰責事由の存在(故意・過失))
 →問題提起(第1融資および第2融資に関して、①「役員等」であるY₁ら取締役に任務懈怠が認められるか)

 2 規範定立(任務懈怠の意義+(銀行の取締役における)経営判断の原則)

 3(1) 当てはめ1(第1融資)(B社の売上・経常利益の急伸、株価高値等の好調な業績や、A銀行のビジネスチャンス拡大といった融資への肯定的な情報あり。
 ⇔本件融資はB社株式のみを担保とするもの=債権回収はB社株価に専ら依存。→弁済期に担保株式を一斉売却することで株価暴落のおそれがあることは容易に推測可能。しかし、その危険性・回避方策等について未検討。  
 →危険性・回避方策は、融資・担保評価を業務の中核とする銀行の取締役として、当然に検討すべき重大なリスクの分析を怠ったもの→判断過程は、銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし、著しく不合理なもの。
 →第1融資の決定判断には、善管注意義務違反あり。)

(2) 当てはめ2(第2融資)(B社は存続不可能+900億円の債務超過となることが報告→Y₁らはB社が実質的破綻状態にあることを認識。
 ⇔10年後には黒字に転換するという具体的根拠を欠く楽観的な報告を前提に、追加融資を決定。→判断の前提となる事実認識過程が著しく不合理。+Y連鎖倒産の回避という地域経済への配慮を理由としているが、本件融資は破綻時期先延ばしにするもの。→一時しのぎの融資により連鎖倒産を実質的に回避できたとは評価できない。=当初からその大部分が回収不能となることが明らかな融資の実行に該当→A銀行の利益を一方的に犠牲にする融資決定。
 第2融資の決定判断は、過程・内容において、銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし、著しく不合理なもの)

(3)ア Y₁ら各取締役の任務懈怠の検討

 イ Y₁(代表取締役頭取)は、A銀行の業務執行を統括する立場にある。→本件各融資の意思決定を主導したと考えられ、その意思決定が著しく不合理として善管注意義務違反を構成していることから、②の任務懈怠が認められる)

 ウ Y₂(預金業務担当取締役)は、取締役会の構成員として、銀行経営の根幹に関わる重要な融資案件について、その妥当性を自ら審査・監視する義務を負う。
 →担当外であっても、指摘等によりその責任を果たすことは可能であり、これを怠った点に任務懈怠が認められる)

 エ Y₃(社外取締役)は、業務執行取締役から独立した客観的立場で、経営の妥当性を監督する職責を特に期待される立場。→各融資における問題点は、取締役として当然に有すべき注意を払えば認識できたはずの基本的不備。→不備を見過ごし、漫然と決議に賛成した点において、監督義務を果たしたとはいえず、任務懈怠が認められる)

(4) 要件③・④・⑤の当てはめ(第1・第2融資により、A銀行には未回収額合計560億円の③損害発生。560億円の損害は、②のY₁らが著しく不合理な本件各融資を決定したことに起因→④任務懈怠と損害の間には因果関係あり。
 Y₁らには、著しく不合理な判断を下した点に⑤過失あり。)

 4 結論

 

【参考答案】

 1(1) A銀行の株主Xは、A銀行取締役Y₁、Y₂、Y₃に対し、第1融資および第2融資の実行を決定した取締役会決議について、取締役としての善管注意義務(会社法(以下法令名省略)330条、民法644条)に違反する任務懈怠があるとして、株主代表訴訟(847条1項)により、会社が被った損害560億円の賠償請求をしている(423条1項)。

(2) その要件は、①「役員等」(423条1項)、② 会社に対する任務懈怠、③ 損害、④ ②と③との間の因果関係、⑤ ②についての帰責事由の存在(故意・過失)である。
 そこで、第1融資および第2融資に関して、①「役員等」であるY₁ら取締役に任務懈怠が認められるか。

 2 任務懈怠とは、善管注意義務(330条・民法644条)・忠実義務違反、および具体的法令違反(355条)をいう。
 もっとも、第1融資および第2融資は、不確実な状況下で将来予測を伴う専門的な経営上の判断であり、結果として会社に損害を与えたことのみによって任務懈怠責任を問うことは、取締役の経営判断を過度に萎縮させ、会社ひいては株主の利益を害するおそれがある。
 そこで、取締役の経営判断に関する善管注意義務違反の有無は、判断当時において入手可能な情報に照らし、銀行の取締役に一般的に期待される水準において、判断の過程および内容に著しく不合理な点がなかったか否かによって決すべきである。

 3(1) 第1融資の取締役会では、B社の売上・経常利益の急伸、株価高値等の好調な業績や、A銀行のビジネスチャンス拡大といった融資への肯定的な情報が報告されている。
 一方で、本件融資はB社株式のみを担保とするものであるから、債権回収はB社の株価に専ら依存するものであった。そして、弁済期に担保株式を一斉売却すれば、株価が暴落するおそれがあることは容易に推測できたはずであるのに、その危険性および回避する方策等について検討された形跡はない。  
 上記の危険性・回避方策は、融資および担保評価を業務の中核とする銀行の取締役として、当然に検討すべき重大なリスクの分析を怠ったものであり、その判断の過程は、銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし、著しく不合理なものであったといわざるを得ない。
 したがって、第1融資の決定判断には、善管注意義務違反が認められる。

(2) 第2融資の取締役会では、B社がもはや存続不可能であり、このままでは900億円の債務超過となることが報告されており、Y₁らはB社が実質的破綻状態にあることを認識していた。
 にもかかわらず、10年後には黒字に転換するという具体的根拠を欠く楽観的な報告を前提に、追加融資を決定している。これは、判断の前提となる事実の認識の過程が著しく不合理である。また、Y₁らは連鎖倒産の回避という地域経済への配慮を理由としているが、本件融資はB社を再建させるものではなく、破綻時期を8か月先延ばしにするための延命措置にすぎない。このような一時しのぎの融資によって連鎖倒産を実質的に回避できたとは考え難い。むしろ、当初からその大部分が回収不能となることが明らかな融資を実行するものであり、A銀行の利益を一方的に犠牲にする融資決定に他ならない。
 したがって、第2融資の決定判断は、その過程および内容において、銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし、著しく不合理なものであったといわざるを得ないから、善管注意義務違反が認められる。

(3)ア Y₁、Y₂、Y₃は、いずれも本件各融資を決定した取締役会の構成員であり、3(1)および3(2)で検討したとおり、著しく不合理な取締役会決議に賛成している。よって、Y₁らそれぞれに、取締役としての善管注意義務違反が認められる。とりわけ、それぞれの役職に鑑み、以下の点が指摘できる。

 イ Y₁は代表取締役頭取として、A銀行の業務執行を統括する立場にあり、本件各融資の意思決定を主導したと考えられ、その意思決定が著しく不合理として善管注意義務違反を構成していることから、②の任務懈怠が認められる。

 ウ Y₂は、担当が預金業務であるものの、取締役会の構成員として、銀行経営の根幹に関わる重要な融資案件について、その妥当性を自ら審査・監視する義務を負う。
 この監視義務は、担当外であっても、指摘等によりその責任を果たすことは可能であり、これを怠った点に任務懈怠が認められる。

 エ Y₃は、業務執行取締役から独立した客観的な立場で、経営の妥当性を監督する職責を特に期待される立場にある。確かに、銀行業務について専門的な知見につき、他の取締役より劣る点がある可能性が認められる。しかし、第1融資における担保価値暴落リスクの検討の欠如や、第2融資における実質破綻先への具体的根拠のない追加融資といった問題点は、取締役として当然に有すべき注意を払えば認識できたはずの基本的不備である。したがって、この不備を見過ごし、漫然と決議に賛成した点において、その監督義務を果たしたとはいえず、任務懈怠が認められる。

(4) Y₁らの第1・第2融資により、A銀行は、未回収額合計560億円の③損害を被っている。この560億円の損害は、②のY₁らが著しく不合理な本件各融資を決定したことに起因するから、④任務懈怠と損害の間には因果関係が認められる。
 そして、Y₁らは、銀行の取締役として期待される善管注意義務に違反して、著しく不合理な判断を下しており、少なくとも過失が認められる。

 4 以上より、Y₁らは、A銀行に対し連帯して損害賠償責任を負う(423条1項、430条)。 よって、XのY₁らに対する請求は認められる。

以上

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