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【参考答案】
1 本件において、Yは保険料分割払特約に基づき、支払期日経過後に生じた事故については保険金を支払わない旨の免責条項を主張している。これに対し、Xは事故発生前に滞納分を支払ったと主張し、保険金請求権の発生を基礎づけようとしている。
法律要件分類説に従えば、権利の発生・変更・消滅という法律効果を主張する者が、その要件事実について証明責任を負うところ、「事故発生前に滞納分が支払われた」という事実は、Yが主張する権利障害または消滅の効果を覆し、Xの保険金請求権を基礎づける権利根拠事実としての性質を有する。したがって、当該事実の存在によって利益を受けるXが証明責任を負う。
しかし、Xは領収書に日付がないため、その立証が困難となっている。もっとも、その立証困難は、Yが領収書交付の際に日付を記載しなかったという不作為に起因するものである。このように、証明責任を負わない側当事者の有責な行為により、証明責任を負う側当事者の立証活動が妨げられているといえることから、かかるYの行為が信義則上、証明妨害に当たらないかが問題となる。
2(1) 「証明妨害」とは、当事者の一方が、故意または過失により、相手方の立証を不可能または困難にすることをいう。民事訴訟法(以下法令名省略)には証明妨害に関する一般的な明文規定はないものの、当事者は信義則(2条)上、相手方の立証活動を不当に妨害してはならない義務を負う。
そこで、①当事者が証拠方法の保存・作成等の義務に違反し、②その結果、相手方の立証が著しく困難となった場合において、③当該行為につき当事者に帰責性(故意または過失)が認められるときは、証明妨害が成立すると解する。
(2) そして、その効果については、一律に証明責任が転換されると解すると硬直的に過ぎるため、裁判所は、妨害の態様や程度を考慮し、自由心証(247条)により、要証事実に関する相手方の主張を真実と認めることができると解するのが相当である。
3(1) 弁済受領者は、弁済者から請求があれば受取証書を交付する義務を負う(民法486条)。この領収書は弁済の事実を証明するための文書であり、その作成にあたっては、弁済の時期を特定するための「日付」の記載が不可欠である。特に、保険契約においては、保険料の支払時期が保険事故の前か後かによって、保険金請求権の発生が決まるため、日付は決定的な意味を持つ。したがって、保険業務の専門家であるYは、正確な日付を記載した領収書を作成・交付すべき信義則上の義務を負っていたといえる。そのため、Yが日付を記入しなかった不作為は、この義務に違反する(要件①充足)。
(2) Xは、現金等の持参により支払ったとしているが、その客観的証拠となる領収書に日付がないため、支払日が「事故前」であったことの特定が著しく困難となり、要証事実が真偽不明の状態に陥っている。これは、Yの上記義務違反に起因するものである(要件②充足)。
(3) Yの代理店は、業務として日常的に保険料を受領しており、領収書における日付記載の重要性を十分に認識しているはずである。にもかかわらず、これを漫然と怠ったことは、単なる不注意にとどまらず、保険契約者の無知に乗じて保険期間を曖昧にする意図と同視しうる程度の重過失、あるいは未必の故意があるとも評価しうる。したがって、Yには高度の帰責性が認められる(要件③充足)。
4 以上より、Yには証明妨害が成立する。
よって、裁判所は、Yが当該領収書の日付記載を怠ったという妨害の態様や、それによるXの立証の窮状、さらにはYの代理店としての専門性等を総合的に考慮し、Xの「事故発生前に滞納分を支払った」との主張を真実と認めることができる。
以上

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