目次
【参考答案】
1 XによるAの診療録等の証拠保全の申立て(民事訴訟法(以下法令名省略)234条)が認められるためには、「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情」の存在を疎明する必要がある。
そこで、医療過誤訴訟における診療記録は、医師Y側に偏在しており、自己に不利益な記載を含む証拠を隠滅・改ざんする動機があると考えられるところ、単に証拠が相手方の支配下にあり改ざんの余地があるという抽象的な改ざんのおそれがあれば、上記「事情」があると認められるか。具体的・客観的な改ざんのおそれの疎明まで要するかが問題となる。
2 証拠保全は、本来の証拠調べの時期まで待っていたのでは証拠の使用が困難となる事情がある場合に、あらかじめ証拠調べを行い、その結果を確保しておくことを目的とする制度である。もっとも、同制度は、相手方に不当な負担を課す濫用的な証拠収集までを無条件に許容する趣旨ではない。したがって、保全の必要性は客観的に認められるべきであり、単に相手方が証拠を所持しているというだけの抽象的な改ざんのおそれでは足りない。
他方、医療過誤訴訟においては、証拠である診療記録等が医師側に偏在しており、その改ざんは密室で行われ外部から容易に窺い知ることができないという特殊性がある。かかる状況下で、改ざんのおそれについて高度な疎明まで要求することは、事実上保全を不可能にし、制度の趣旨を没却しかねない。
そこで、「証拠の使用が困難となる事情」があるといえるためには、具体的な改ざんのおそれを一応推認させるに足りる事実の疎明があれば足りると解する。
具体的には、医師に改ざんの前歴がある場合のほか、患者側からの説明要求に対して相当な理由なく拒絶したり、虚偽や矛盾する説明を行ったりするなど、不誠実又は責任回避的な態度が見られる場合には、改ざんのおそれが推認されると解すべきである。
3 医師YはXに対し、「不可抗力であった」と繰り返すのみで、具体的な死因や手術経過についての医学的説明を一切行っていない。手術中に患者が死亡するという重大な結果が生じている以上、医師には遺族に対して誠実に経過を説明すべき信義則上の義務がある。それにもかかわらず、具体的な説明をせず、単に不可抗力を主張して説明を拒む態度は、不誠実かつ責任回避的な態度と評価せざるを得ない。かかる態度は、自己の責任を免れるために、自己に有利なように診療記録を改ざんする動機と機会があることを強く推認させるものである。
したがって、本件には具体的な改ざんのおそれを一応推認させる事実の疎明があり、「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情」が認められる。
4 以上より、XによるAの診療録等の証拠保全の申立ては認められる。
以上

コメント