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参考答案 エクササイズ刑事訴訟法〔第2版〕第1問 強盗殺人事件

目次

 

【参考答案】

第1 設問1について

1 尾行による外出時の行動確認について

  (1)  本件では、平成28年4月4日朝から尾行による甲の外出時の行動確認(以下、「本件尾行」という)が行われているが、適法か。
 尾行について刑訴法上明文規定を置いていないことから、本件尾行が「強制の処分」(刑事訴訟法(以下、法令名省略)197条1項但書)に該当する場合、強制処分法定主義(197条1項但書)に反し、違法となることから、その意義が問題となる。

  (2) 「強制の処分」(197条1項但書)とは、立法的統制たる強制処分法定主義及び、司法的統制たる令状主義の両面から厳格な手続きが要求されるものであるから、「強制の処分」はそれに見合う重要な法益侵害を伴うものである必要がある。 また、同意がある場合には法益侵害は観念できないから、意思に反して行われたものである必要がある。
 具体的には、個人の明⽰または黙⽰の意思に反し、重要な権利・利益に実質的に制約を加えて強制的に捜査⽬的を実現する手段をいう。

  (3) 尾行は、通常、対象者に気付かれないように行われるものであるが、仮に甲が本件尾行の事実を知っていた場合、当然、本件尾行による行動把握を拒否したと考えられる。そのため、黙示の意思に反するといえる。
 そして、本件尾行は、自己の所在地情報をコントロールするという意味でのプライバシー権という重要な権利を制約し得る行為に当たる。
 もっとも、本件尾行は、外出時における行動確認であり、住居内に立ち入ったり、GPS装置を用いたりといった特殊な手段を用いた事情は認められない。また、外出時には、通常、不特定多数の他人からその所在と行動を視認され得る状況にあるといえ、自己の所在地情報をコントロールするという意味でのプライバシー権は一定の制約を受け入れざるを得ない。したがって、本件尾行のような、通常の方法による外出時の行動確認は、重要な権利であるプライバシー権に対する制約ではあるものの、実質的な制約ということはできない。
 したがって、本件尾行は、被疑者たる甲の黙示の意思に反するものの、重要な権利利益を実質的に制約しているとはいえず、「強制の処分」に該当しない。

  (4) 本件尾行が任意処分であるとしても、同捜査により自己情報コントロール権侵害の危険がある以上、捜査比例の原則(197条1項本文「必要な」の文言)の観点から、無制約になし得るわけではなく、必要性・緊急性等を考慮した上で、具体的状況の下で相当と認められる限度において許容されるものと解する。

  (5) 本件は強盗殺人事件という重大事件であり、犯人が未検挙である事から、早急な検挙が求められる状況にあり、緊急性が認められる。そのような状況で、甲にはVとの間で借金を巡る争いが判明しており、甲には本件事件を起こす動機があるといえ、本件尾行による行動把握によって事件への関与を明らかにする必要性がある。
 一方、本件尾行にあたっては、特殊な手段・機器等の使用はなく、きわめて長期間・長時間にわたり行われたという事情もない。また、外出時における行動把握は受任せざるを得ないのであるから、自己情報コントロール権侵害の程度は大きいとはいえず、必要性・緊急性等と比して相当性が認められる。
 以上より、本件尾行は任意処分としても許容され、適法である。

2 ごみの領置行為について

  (1)ア 甲が廃棄したごみ袋を持ち帰り、その内容物を確認し、血痕の着いた軍手・衣服を領置(221条)した行為は、221条に基づく領置として適法といえるか。上記ごみ袋・軍手・衣服が「遺留した物」に当たるか問題となる。

   イ 221条が無令状での領置を認める趣旨は、占有取得過程において強制力を伴わない点にある。そのため、「遺留した物」とは、強制力により排除される占有のない物をいうと解する。したがって、「遺留した物」には、遺失物のみならず、自己の意思により占有を離脱させた物も含まれる。

   ウ 甲は、ごみ集積場に上記ごみ袋を出している。この行為は、ごみ袋とその内容物を不要な物として占有を放棄する行為といえ、ごみ袋・軍手・衣服は甲がその意思により占有を離脱させた物といえる。
 したがって、ごみ袋・軍手・衣服は「遺留した物」に当たる。

  (2)ア もっとも、ごみの排出者には、排出したごみについて通常、そのまま収集され、他人にその内容を見られることはないという期待としてのプライバシー権を有している。そのため、捜査比例の原則(197条1項本文「必要な」の文言)の観点から、領置を無制約になし得るわけではなく、必要性・緊急性等を考慮した上で、具体的状況の下で相当と認められる限度において許容されるものと解する。

   イ 本件では、上記1-(5)の通り、重大事件かつ犯人未検挙であることから、緊急性が認められる。また、犯罪に使用された凶器等は、処分されることが予想されることから、被疑者の排出したごみの内容物を領置し確認する必要性があるといえる。
 一方で、領置されたごみは、公道上の電柱脇に設けられた集積所に甲自らが排出したものであり、管理者等の承諾・協力は不要であるから、必要性との関係で相当な範囲であるといえる。
 以上より、甲が廃棄したごみ袋を持ち帰り、内容物を確認し、軍手・衣服を領置(221条)した行為は、221条に基づく領置として適法である。

3 M警察署への任意同行・任意取調べについて

  (1) 4月12日午前9時、Nらが甲宅を訪れ、M警察署への同行を求め(以下「本件同行」という。)、その後、 同日午前10時30分から取調べを始め、休憩や宿泊を伴いつつ翌13日午後3時30分まで取調べを継続した一連の行為(以下「本件取調べ」という。)が、実質的に「強制の処分」たる逮捕(199条)に該当し、令状主義(憲法33条)違反とならないか。

  (2)ア 任意捜査としての取調べ(198条1項)であっても、その実質が被疑者の明⽰または黙⽰の意思に反し、重要な権利・利益たるに実質的に制約を加えて強制的に捜査⽬的を実現する手段に当たれば、「強制の処分」たる逮捕と同一視すべき実質的逮捕として、令状がない以上は違法となる。

   イ まず、本件同行の時点では、甲はNらから説得を受け、自ら捜査用車両後部座席に乗り込んでおり、甲の明示の意思には反していない。
 これに加えて、捜査員が挟む形で乗車しており、甲の捜査車両内での身体の自由(憲法33条、34条)は一定程度制約されている。
 しかし、そもそも走行中の車両内においては、乗員は運転手や同乗者に危害を加えるような行動や、走行中の車両から飛び降りるような行動は許されず、そういった意味での身体の自由は場所的に制約されているのが通常である。本件で捜査員が両側に着席した行為は、こうした車両内という特殊な環境下での逃走防止や不測の事態の防止のための措置にすぎず、甲が車両内でとり得る通常の行動にまで制約を加えるものではない。
 したがって、本件同行の時点では、いまだ実質的逮捕には該当せず、適法な任意同行(198条1項)といえる。

   ウ 甲は取調べの途中で「帰してもらいたい」と述べており、この時点で一度は退去の意思を明示している。したがって、Nらが説得を続けるなどして継続した取調べは、この時点では甲の意思に反するものだったといえる。しかし、その後、甲は「一晩、考えさせてください。今夜は、どこかに泊めてもらえませんか」と述べている。これは、甲が自ら退去の意思を撤回し、捜査機関の管理下で宿泊することを積極的に申し出たものと評価できる。事実、甲は同月12日午前に不機嫌な態度を示した以外は、甲が取調べを拒否したり、帰宅を申し出たりすることもなかったとある。したがって、取調べ全体としては、甲の明示の意思に反していたとまでは断定できない。
 本件取調べにおいては、身体の自由(憲法33条、34条)及び法律上明文で保障された「何時でも退去することができる」自由(198条1項但書)が制約され得る重要な権利・利益である。
 確かに、取調室の座席配置が背後の出入口横にO巡査部長が着席し、退去を心理的・物理的に困難にさせていること、甲が「帰してもらいたい」と明確に退去の意思を表示していること、宿泊の態様が、配下の警察官に同じフロアの客室から交替で監視に当たらせるという実質的な監視下にあったこと、取調べが合計30時間以上に及ぶ長時間であること等、強制処分と評価し得る要素が多数存在する。
 しかし、退去意思を事実上撤回し、捜査機関の管理下での宿泊を含む捜査の継続を、改めて積極的に容認している。事実、甲は同月12日午前に不機嫌な態度を示した以外は、甲が取調べを拒否したり、帰宅を申し出たりすることもなかった。また、申し出通り、取調べ期間は翌日までにとどまる。
 したがって、甲の身体の自由や退去の自由に対する実質的制約を加えたものとはいえず、本件取調べは「強制の処分」たる実質的逮捕には当たらない。

  (3)ア 本件取調べが任意処分であるとしても、同捜査により身体の自由・供述の自由に侵害の危険がある以上、捜査比例の原則(197条1項本文「必要な」の文言)の観点から、無制約になし得るわけではなく、必要性・緊急性等を考慮した上で、具体的状況の下で相当と認められる限度において許容されるものと解する。

   イ 本件は、強盗殺人という重大事犯であり、犯人検挙の社会的要請は極めて高い。また、甲については、Ⅴとの金銭トラブルという動機に加え、甲が排出したごみからⅤと同一のDNA型が検出され、さらに同時期に約150万円の返済をしているなど、嫌疑は非常に濃厚であった。したがって、甲から速やかに詳細な事情や弁解を聴取する必要性は極めて高かった。
 そして、取調べの経過を見ても、当初甲が「記憶にない」とあいまいな返答をしていた状況では、取調べを継続する必要があった。その後、午後8時頃に甲が「Ⅴから借りた金で行った」と供述を変化させた段階では、Ⅴの妻の供述との矛盾を解明するため、さらに真実を追及する必要性が高まっている。そして、甲が「怖い。……ちょっと待ってください」と述べ、甲自身から「一晩、考えさせてください」と時間的猶予と宿泊の申出がなされたのである。このような経過に鑑みれば、捜査機関が甲の申出に応じ、監視を付けつつも翌朝に取調べを再開した措置は、やむを得ないものと評価できる。
 以上を総合考慮すれば、社会通念上相当な限度を逸脱し、違法とまでは断じ難く、本件取調べは任意処分としても適法である。

  (4) よって、本件尾行、ごみの領置、本件同行及び本件取調べは、いずれも任意捜査として適法である。

 

第2 設問2について

1 自白法則(319条1項)について

  (1) P検察官が証拠調べ請求する甲の自白調書は、甲が強盗殺人を実行したことを認める内容であり、「被告人に不利益な事実の承認を内容とする供述」(322条1項)に当たる。
 一方、弁護人は「任意性も争う」と主張しており、実際に本件取調べは、1泊2日の宿泊を伴い、配下の警察官に同じフロアの客室から交替で監視に当たらせるという警察の管理下に置かれ、途中、甲が「帰してもらいたい」と述べているなど、任意にされたものでない疑いのある事情が存在する。
 そこで、甲の自白調書は、「任意にされたものでない疑」いのある供述(319条1項)として証拠能力が否定されないか。不任意供述の排除基準が問題となる。

  (2) 319条1項が不任意供述を排除する趣旨は、同条の供述には虚偽が含まれる危険が大きいことにある。
 そこで、不任意供述とは、類型的に①被疑者の心理に影響を与える働きかけがあり、②それが被疑者へ心理的影響を与え、③虚偽の供述を誘発する恐れがあるか、及び、④①と供述の間に因果関係が認められるものをいうと解する。

  (3) 確かに、監視付きの宿泊を伴う長時間の取調べや、退去申出を無視した点、出入口横の着席など、個別に見れば甲の心理に影響を与える要素を含んでいる。
 一方で、甲自身が、捜査機関の管理下での宿泊を含む捜査の継続を積極的に認容したとの事情から、本件取調べは適法な範囲内で行われたといえる。加えて、暴行・脅迫・利益誘導・偽計といった類型的に被疑者の心理に不当な影響を与える働きかけが用いられていないことが証拠請求された取調べの録音・録画記録媒体(DVD)により、客観的に裏付けられる見込みである。
これらのことからすると、①被疑者の心理に影響を与える働きかけがあったとまでは評価できない。
 また、甲は取調べの終盤、目を閉じて震えるような態度をとり、「ああ。怖い。……すみません、ちょっと待ってください」などと述べており、強い心理的影響を受けていたことは明らかである。しかし、この心理状態は、①の働きかけによって生じたものではなく、むしろ、DNA型鑑定結果などの客観的証拠を突きつけられ、自らの記憶と向き合った結果、真実を告白するか否かの葛藤や、犯行が露見することへの畏怖から生じた、自然な心理状態の発露とみるべきである。これは類型的に③虚偽の供述を誘発する危険性がある心理状態とは本質的に異なる。
 加えて、甲の自白内容は、甲が排出したごみから発見されたⅤと同一のDNA型や、同時期の多額の借金返済といった客観的証拠と強く整合するものであり、本件取調べが③虚偽の供述を誘発する恐れのあるものであったとはいえず、むしろ真実である蓋然性が極めて高い。

  (4) したがって、甲の自白は「任意にされたものでない疑」いはなく、自白の任意性は認められる。

2 伝聞法則(320条1項)について

  (1) 本件の甲の自白調書は、320条1項の「公判期日外における他の者の供述を内容とする書面」に形式的に該当する。そして、弁護人はこれらの書証に「不同意」の意見を述べているため、同意(326条1項)によって証拠とすることはできない。そこで、本件調書が320条1項により排除される証拠に該当しないか。伝聞法則の趣旨及び伝聞証拠の意義が問題となる。

  (2) 供述証拠は、知覚・記憶・表現・叙述を経て公判廷に顕出されるところ、これらの各過程には誤りが混入しやすい。それゆえ、反対尋問等により、そのような誤りがないかを吟味する必要がある。ところが、公判廷外供述を内容とする供述や書面は、そのような吟味をすることができない。そこで、誤判防止のためにそのような証拠を排除するのが320条1項の趣旨である。
 したがって、320条1項により証拠能力が否定される証拠とは、公判廷外供述を内容とする供述又は書面であって、その内容の真実性が問題となるものをいうと解する。そして、真実性が問題となるか否かは、要証事実との関係で相対的に決せられる。

  (3)ア まず、P検察官は、甲の犯人性を直接立証する実質証拠として調書を用いることが考えられる。この場合、要証事実は、甲が強盗殺人を実行したという調書の記載内容の真実性そのものが問題となるから、伝聞証拠に当たる。

   イ 322条1項本文前段は「被告人の供述を録取した書面」について、「被告人の署名若しくは押印のあるもの」であって、「その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき」、かつ「任意にされたものでない疑が」ないと認められる場合には、その証拠能力を認める旨規定している。

   ウ P検察官が請求するN作成調書及びP作成調書は、いずれも「被告人の供述を録取した書面」に当たる。そして、その全てに甲の署名指印がなされたとあり、「被告人の署名若しくは押印のあるもの」という要件も満たす。
 また、その内容は、甲が述べた強盗殺人の事実関係を認める内容であり、「被告人に不利益な事実の承認を内容とするもの」に当たる。最後に、第2-1において検討したとおり、本件自白の任意性は認められるため、「任意にされたものでない疑が」ないと認められる。
 したがって、甲の自白調書は322条1項の要件をすべて満たすから、P検察官は、甲の犯人性を立証するための証拠として、本件各調書の証拠調べを請求することができる。

  (4)ア P検察官は、本件調書を公判期日等における被告人の供述の証明力を争う弾劾証拠(328条)として用いることも考えられる。
 弾劾証拠として用いる場合、公判廷での供述と捜査段階での供述が矛盾しているという事実そのものが要証事実となるため、内容の真実性が問題とならず、伝聞法則の適用はない。もっとも、328条の定める「証拠」として許容される範囲が明らかでなく問題となる。

   イ この点、328条は、公判廷外供述であっても、その供述主体が別の機会に異なる供述をしたこと自体の立証に用いる場合には、内容の真実性が問題とならず、伝聞法則の適用がないことを確認的に規定したものである。
 したがって、328条により許容される「証拠」とは、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られると解する。

   ウ 甲は、被告人質問において、「自分はやっていません」、「適当に話を合わせただけだ」などと供述している。これは、捜査段階において甲が供述し、N作成調書及びP作成調書に録取された強盗殺人の事実関係を認める内容と真っ向から矛盾する自己矛盾供述である。
 そして、P検察官が請求する本件各調書は、甲自身の供述を録取した「供述を録取した書面」に当たり、その全てに甲の署名指印がなされているから、書面としての形式も具備している。また、自白調書の任意性についても、第2-1の通り、認められる。
 したがって、P検察官は、甲の公判廷供述の信用性を弾劾するための弾劾証拠として、本件各調書の証拠調べを請求することができる。

以上

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