目次
【参考答案】
第1 設問1について
1 Aが乙市に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)2条1項に基づき損害賠償請求を行う場合において、いかなる主張をすべきか。
主張対象となる国賠法2条1項の要件は、① 「公の営造物」であること、 ② その「設置又は管理に瑕疵」があったこと、③ その瑕疵によって「他人に損害を生じた」こと(因果関係)である。
2(1) ①「公の営造物」とは、 国、公共団体によって直接に公の目的に供されている有体物をいう。
(2) 本件体育館は、公共団体である乙市が設置し、教育活動や地域の小学生等が参加する行事など、公の用に供されている有体物である。したがって、本件体育館及びその一部であるオーケストラピットは「公の営造物」に該当する。
3(1) 本件体育館及びオーケストラピットの「設置又は管理に瑕疵」の有無について、Aが本件防護柵によじのぼり、オーケストラピット内に転落し、さらに、3m以上下の地階にまで転落して足を骨折した点に、乙市の本件体育館の設置管理に瑕疵があったかが問題となる。
(2) 国賠法2条1項における「瑕疵」とは、当該営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、その判断は、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に行うべきである。
具体的には、危険の存在、結果の予見可能性及び結果の回避可能性の観点から判断される。
(3)ア 本件において、Aは本件防護柵を自ら乗り越えようとして転落している。この点について乙市からは、本件防護柵は高さ0.8mであり、観客が誤って転落することを防止する設備としては十分な安全性を備えていること、また、観客が自ら防護柵を乗り越えようとするような本来の用法を外れた危険な行動をとることまで予測して対応する義務はない旨の反論が想定される。
イ 確かに、被害者が本来の用法とは異なる危険な行動をとったことによる事故については、直ちに営造物の設置管理者が責任を負うわけではない。しかし、本来の用法とは異なる危険な用法であったとしても、具体的な状況からそのような行動をとる者がいることが通常予測され、かつ、それによって重大な事故が起きる危険性がある場合には、営造物の設置管理者は当該危険に対応する措置を講じる義務を負うと解すべきである。
したがって、単にAが本来の利用と異なる危険な行動をとったことのみをもって免責されるものではなく、そのような危険が乙市において予測できたか否か等によって判断されるべきである。
(4)ア 当日のコンサートは、中学生のみならず、地域の小学生や幼稚園児が多数参加する行事であった。幼児や児童は一般に好奇心旺盛であり、休憩時間中にオーケストラピットの中に興味を持ち、防護柵によじ登ろうとする児童が現れる可能性は十分に予測することができたといえる。
また、本件防護柵は高さ0.8mであり、大人には十分な高さでも、小柄な児童にとってはよじ登ることが可能な高さであった。さらに、ピット自体の深さは0.7mであったものの、体育館床面とピット床面との間には0.4mの隙間があり、児童がピット内に転落した場合、その隙間をすり抜けて3m以上下の地階機械室にまで転落し、生命・身体に重大な危険を及ぼす可能性が高かったといえる。
したがって、予見可能性及び危険性が認められる。
イ 上記予測される重大な危険に対し、乙市は、体育館の床面とピットの隙間に金網や柵を設置するなどの物理的な安全措置をとることが可能であった。
また、そのような設備的対応が直ちには困難であったとしても、休憩時間中に教職員を楽屋に下げず、あるいは生徒を係員としてオーケストラピット周辺に配置し、防護柵に近づく児童を注意・制止するなどの人的な監視体制を敷くことで、転落の危険を容易に回避することができたといえる。
ウ にもかかわらず、乙市は何らの対策も講じていなかったのであるから、本件防護柵及びオーケストラピットは通常有すべき安全性を欠く状態にあったといえる。
(5) したがって、本件体育館の設置管理には瑕疵が認められる。
4 Aはオーケストラピット内に転落し、さらに隙間から地階に転落して両足を骨折するという重傷を負っている。同損害は、乙市が本件体育館及びオーケストラピットにつき通常有すべき安全性を欠いた状態で供用し、必要な危険防止措置を怠ったことによって生じたものであるから、当該瑕疵とAの被った損害との間には相当因果関係が認められる。
5 以上より、国賠法2条1項の要件は全て充足する。したがって、Aの乙市に対する国賠法2条1項に基づく損害賠償請求の主張は認められる。
第2 設問2 小問1について
1 Cは、乙市に対し、本件体育館の床が衝撃吸収素材でなかったことを理由に、国賠法2条1項に基づく損害賠償請求を行う。なお、本件体育館が「公の営造物」に該当することは、第1で述べたとおりである。
2(1) 本件体育館の床に衝撃吸収素材を採用していなかった点について、設置管理の「瑕疵」が認められるか。営造物が設置された後に開発された新たな安全設備を設けていないことが、瑕疵に当たるか。第1-3(2)の基準に従い判断する。
(2) この点、乙市からは、当該新素材は通常の学校には普及しておらず、体育の授業等ではマットを使用するため危険性も低く、また導入には多額の費用がかかるため、現状のフローリングでも通常有すべき安全性を備えているとの反論が想定される。
(3) 上記反論を踏まえ検討すると、本件体育館は10年前に建築されたものであり、問題となる衝撃吸収素材は7〜8年前に開発されたものであるところ、当該素材は一部の格闘技等が行われるスポーツ施設に設置されているにとどまり、通常の学校の体育館にはほとんど普及していない。また、体育の授業やクラブ活動で生徒が衝撃を受ける場合には、別途マット等を使用することで安全を確保できるため、生徒間のトラブルの危険性を考慮したとしても、体育館の床全体を新素材に変更すべき必要性は必ずしも高くない。そのため、通常有すべき安全性を欠くほどの危険性は認められない。
さらに、当該新素材の床材を新たに設置するには多額の費用と工事のための時間を要するため、乙市にとって設置の困難性も認められる。そうすると、物理的・財政的にみて、乙市にその危険を回避することが容易に期待できたとはいえず、結果回避可能性も認められない。
3 以上より、本件において衝撃を吸収する新素材の床を採用していなかったことをもって、本件体育館が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえず、② 設置管理の瑕疵は認められない。
したがって、国賠法2条1項の要件を満たさないため、Cの乙市に対する国賠法2条1項に基づく損害賠償請求の主張は認められない。
第3 設問2 小問2前段部について
1(1) Cは、乙市に対し、教員が休憩時間に不在であり悪ふざけを制止しなかった点に過失があるとして、国賠法1条1項に基づく損害賠償請求を行う。
(2) その要件は、① 被告適格、② 「公権力の行使に当たる」、③「公務員」、④「その職務を行うについて」、⑤「故意または過失によって」、⑥ 違法性、⑦「損害」の発生、⑧ 公務員の行為と⑦との間の因果関係である。
(3) 乙市は、公共団体であるから、①被告適格が認められる。
そして、本件文化祭のコンサートは公教育の一環であり、②「公権力の行使」に当たる。また、③公務員である乙市立中学校の教員が、正課の行事の監督中(要件④充足)に適切な措置を怠ったことにより、Cは脊椎損傷の重傷(⑦損害)を負っており、両者の⑧因果関係も認められる。
2(1) そこで、上記教員らに⑤「過失」及び⑥違法性が認められるか。
(2) 一般に、教員は、学校での教育活動から生じる危険から生徒を保護する注意義務を負う。もっとも、その具体的な義務の内容は事案に応じて判断されるべきであり、生徒の自主性が重んじられる課外活動に比べ、正課の授業の一環として行われる活動においては、教員により高度な注意義務が課されると解すべきである。
なお、学校教育活動に関する国家賠償責任においては、教員の生徒に対する安全配慮義務違反、すなわち過失の有無が主たる争点となり、違法性は過失の認定に包摂して判断されると解する。
(3) 本件コンサートは乙市立中学校の生徒にとって正課の授業の一環として全員鑑賞することとされていた。したがって、教員には生徒の安全を確保する高い注意義務が課されていた。そして、同校ではこれまで重大な事故こそ起きていなかったものの、多数の生徒が集まる学校行事の際には男子生徒を中心に悪ふざけをして騒ぐことがよくあり、教員もその事実を認識していた。そうであれば、教員において、休憩時間中に生徒間で悪ふざけによるトラブルが生じ、生徒が負傷する具体的な危険を予見することは十分に可能であった。
にもかかわらず、担当教員らが次の演目の準備のために全員楽屋に下がり、休憩時間中の体育館内で生徒を監督する者を誰も配置しなかったことは、上記予見される危険を回避するための安全配慮義務に違反するものである。
3 したがって、教員らには、⑤「過失」及び⑥違法性が認められる。よって、乙市は国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。
第4 設問2 小問2後段部について
1 Cは、甲県に対して、国賠法1条1項及び国賠法3条1項を根拠として、損害賠償請求を行うことが考えられる。
2 国賠法3条1項は、公務員の選任・監督にあたる公共団体と、その公務員の給料等の「費用を負担する者」が異なる場合、被害者救済の充実を図る趣旨から、費用負担者たる公共団体も連帯して損害賠償責任を負う旨を規定している。
3 本件において、乙市立中学校の教職員は、乙市が選任・監督する立場にあるものの、その給料等の人件費については、市町村立学校職員給与負担法1条1号により、都道府県である甲県の負担とされている。このような教職員は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条1項に基づく「県費負担教職員」に該当し、甲県が実質的な費用負担を行っている。
したがって、甲県は国賠法3条1項における「費用を負担する者」に当たる。
4 以上より、甲県は乙市と連帯して、Cに対して国賠法1条1項及び3条1項に基づく損害賠償責任を負うため、Cの甲県に対する主張も認められる。
以上

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