参考答案 事例研究 行政法〔第4版〕第1部 行政法の基本課題 第11問 飲食店における食中毒をめぐる紛争

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【参考答案】

 1(1) Xは、A県に対し、A県知事が食品衛生法に基づく適切な規制権限を行使しなかったという不作為により、X及びその長男Gが食中毒被害を被ったとして、国家賠償法(以下、「国賠法」という)1条1項に基づき、損害賠償を請求する。

  (2) その要件は、①被告適格(「国又は公共団体」)、②「公権力の行使」、③「公務員」、④「その職務を行うについて」、⑤故意または過失、⑥違法性、⑦「損害」の発生、⑧公務員の行為と⑦との間の因果関係である。

  (3) 本件において、Xが賠償を求める相手は「公共団体」であるA県である(要件①)。
 問題となる行為は、A県の「公務員」であるA県知事及びその指揮監督下にある保健所長C(要件③)が、「その職務」である食品衛生法に基づくPへの監督・規制権限を行使(要件④)しなかったという不作為である(要件②)。そして、Xらには食中毒被害及びGの死亡という重大な「損害」が発生している(要件⑦)。
 以下、この不作為の「違法性」を中心に検討する。

 2(1) 上記の通り、本件において規制権限の不行使という不作為は存在する。しかし、食品衛生法が定めるこれらの規制権限(55条、56条)は、「~できる」と規定し、効果裁量が認められる。したがって、権限が存在するという事実から、直ちにその不行使が違法となるわけではない。
 そのため、いかなる場合に、規制権限の不行使が国賠法1条1項の「違法」と評価されるか問題となる。

  (2) この点、行政庁が規制権限を行使しなかったという不作為が国賠法上、「違法」とされるのは、権限の根拠となる法律の趣旨・目的に照らし、具体的な状況下で権限が行使されないことが、許容される限度を逸脱して著しく不合理であると認められる場合である。その判断にあたっては、(ⅰ)危険の存在・重大性、(ⅱ)被害発生の予見可能性、(ⅲ)権限行使による結果回避可能性、(ⅳ)権限行使への期待可能性等を総合的に考慮すべきである。

 3(1) 食品衛生法は、「国民の健康保護を図ることを目的」とし(法1条)、都道府県知事に対し、営業施設が基準に違反した場合に、施設の整備改善命令、許可の取消し、営業の禁止・停止を命じることができるという規制権限(法55条、56条)を与えることで、その目的達成のため、具体的措置を講ずることを要求している。
 この法の趣旨と権限を踏まえ、(ⅰ)~(ⅳ)の基準に照らして、本件におけるA県知事の不作為が著しく不合理であったかを検討する。

  (2) 本件では、Pの飲食店において、実際に客Fが食中毒症状を訴える事故が発生している。さらに、Bによる調査の結果、Pの施設には調理場・器具の清掃不十分や冷蔵・冷凍設備の不備といった、食品衛生法上の明確な基準違反が認められている。これらの事実から、Pの営業が、食中毒という国民の生命・健康に対する具体的かつ重大な危険が存在していたといえる(ⅰ)。
 また、Fの食中毒事故や明確な基準違反から、Pが営業を続ければ、再び、食中毒が発生し、重篤な被害者が出る可能性は十分に予見可能であったといえる(ⅱ)。
 仮にA県知事及び保健所長Cが、Pに対して食品衛生法56条に基づく営業禁止又は停止命令を発していれば、Pは営業を再開できず、XらがPで食事をすることもなかった。したがって、権限を行使していれば、Xらの食中毒被害は確実に回避可能であった(ⅲ)。
 国民の生命・健康を守るという食品衛生法の趣旨に鑑みれば、明確な施設基準違反があり、食中毒の危険性が予見される本件のような状況では、行政指導のような緩やかな手段にとどまらず、営業禁止・停止といった実効性のある権限を行使することが強く期待される状況にあったといえる(ⅳ)。
 このような状況で、保健所長Cが、処分歴がないことや、F以外の食中毒報告がないこと、改善約束のあったことを理由として行政指導に留め、規制権限を行使しなかったことは、現存する施設基準違反の明白な危険性や、将来発生しうる被害の重大性を著しく軽視したものである。加えて、Pがこの行政指導を無視して営業を再開したことからすると、行政指導が効果を奏さなかったことが明らかであり、なお、規制権限を行使しなかったことは、国民の生命・健康に対する危険を明確に認識しながら放置したものと評価できる。よって、規制権限の不行使は、許容される裁量の範囲を逸脱して著しく不合理な判断である。

  (3) したがって、本件不作為は「違法」である(要件⑥)。

4 また、3-(2)において示したFの食中毒事故や食品衛生法上の基準違反から、将来の食中毒事故を予見し、回避するための権限行使をすべき義務があったにもかかわらず、それをしなかった義務違反があるから、「過失」が認められる(要件⑤)。
 そして、権限不行使がなければ、Pは営業できず、Xらは食中毒被害を受けなかった。したがって、権限不行使と損害との間には相当因果関係が認められる(要件⑧)。

5 以上より、A県知事が食品衛生法に基づく適切な規制権限を行使しなかったという不作為は国賠法1条1項の要件を充足するから、XはA県に対し、損害賠償を請求できる。

以上

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