目次
【初学者向け前提知識】
本記事で扱う事例は刑法総論の不作為犯がメインテーマですが、各論を未修の方のために、前提となる各罪の基本的な構成要件と定義を整理しておきます。答案を読む前の頭の整理にご活用ください。
■ 事例1(1)・(2)・(3)、事例2(1)・(2)
・殺人罪(199条)
(客体:人)
行為態様・結果:殺害行為
・殺人未遂罪(203条)
殺人罪(199条)の実行に着手して、これを遂げなかった(=殺人結果が発生しなかった)場合
■ 事例1(2)
・保護責任者不保護罪(218条)
客体:老年者、幼年者、身体障害者又は病者
主体:保護する責任のある者 ※
行為態様:客体の生存に必要な保護をしなかった(不保護) ※場所的離隔を伴わず、客体に対し、生存に必要な保護をしないこと
・保護責任者不保護罪致死傷罪(219条)
加重結果:保護責任者不保護罪(218条)に「よって」人の死傷結果が発生した場合
【答案構成】
第1 事例1 小問(1)について
1(1) 問題提起(Xが溺れているAを助けにいかず溺死させた不作為に、殺人罪(199条)が成立するか。)
(2) 論点提示(不作為による殺人が処罰されるか。不作為の実行行為性(作為義務・作為可能性)が認められるか。)
2(1) 規範定立(不作為の実行行為性:作為と同価値といえること=因果経過の具体的支配が必要。具体的には、①排他的支配、かつ②危険創出行為(先行行為)または保護の引受けが必要。)
(2) 当てはめ(Xは親として監護義務(民法820条)あり+現場に他者なし→①排他的支配肯定。普段から親として監護・養育→②保護の引受け肯定。 →XにはAを助ける作為義務あり。 Xは泳ぎが達者→作為可能性あり。それにもかかわらず放置→作為義務違反(実行行為)あり。)
3(1) 論点提示(Xの作為義務違反行為とAの死亡結果との間に因果関係が認められるか。)
(2) 規範定立(因果関係:危険の現実化。ただし不作為犯の条件関係は、作為義務を履行すればほぼ確実に結果を回避できたといえること(「疑わしきは被告人の利益に」の原則)が必要。)
(3) 当てはめ(助けにいっていれば確実に助かった→条件関係肯定。作為義務違反行為にAが溺死する危険が含まれ、直接現実化した→因果関係肯定。)
4(1) 規範定立(故意(38条1項)の意義:犯罪事実の認識・認容)
(2) 当てはめ(死んでくれたほうがよいと考え放置=殺人の認識・認容あり→故意肯定)
5 結論(Xに殺人罪(199条)が成立する。)
第2 事例1 小問(2)について
1 不作為による殺人罪(199条)の成否
(1) 論点提示(Xは泳げなかった点から、作為可能性が認められるか。)
(2) 当てはめ・結論(泳げない=自ら入水して助ける作為可能性なし→作為義務違反なし=殺人罪不成立。)
2 保護責任者不保護致死罪(219条)の成否
(1) 問題提起(Xの不作為に同罪が成立するか。基本犯たる不保護罪(218条後段)の充足と、死亡結果との因果関係が問題となる。)
(2) 規範定立(「生存に必要な保護をしなかった」(不保護)=場所的離隔を伴わずに生存に必要な保護を行わないこと。不可能な措置は求められないが、代替的作為義務が問題となる。)
(3) 当てはめ(Xは実親=「保護責任者」、Aは8歳=「幼年者」。 入水救助は不可能だが、119番通報等の代替的救助活動は可能だった→代替的作為義務違反あり=「不保護」該当性肯定。)
(4) 因果関係の当てはめ(119番通報等をしても現場に他者がおらず、救助が間に合ったか確実とはいえない→結果回避可能性(条件関係)否定=因果関係否定。)
3 結論(保護責任者不保護致死罪は不成立。基本犯たる保護責任者不保護罪(218条後段)のみ成立する。)
第3 事例1 小問(3)について
1(1) 不作為による殺人罪(199条)の成否
(2) 当てはめ(作為義務・作為義務違反は小問(1)と同様に肯定。しかし、助けにいっても救命が間に合うことが確実ではなかった→結果回避可能性なし=条件関係・因果関係否定。)
(3) 小括(殺人既遂罪は不成立。)
2(1) 殺人未遂罪(203条、199条)の成否
(2) 規範定立(実行の着手:構成要件該当行為に密接な行為であって、既遂に至る客観的な危険性が認められる時点。犯行計画も考慮。)
(3) 当てはめ(作為義務あり+救助可能+生命の切迫した危険あり。救助に向かえば一定の見込みがあった以上、何もしない不作為は死亡結果を発生させる現実的・客観的危険性あり。義務違反により危険を維持・増大させる点で密接性もあり→実行の着手肯定。)
(4) 故意の当てはめ(殺人の認識・認容あり→故意肯定)
3 結論(Xに殺人未遂罪が成立する。)
第4 事例2 小問(1)について
1(1) 問題提起(XがAに必要な治療を受けさせずに死亡させた不作為に、殺人罪(199条)が成立するか。)
(2) 論点提示(不作為の実行行為性(作為義務)が認められるか。)
2(1) 規範定立(不作為の実行行為性:排他的支配+危険創出行為(先行行為)または保護の引受け。)
(2) 当てはめ(ホテルへ移動させ医療の機会を奪った=先行行為肯定。Yから治療を依頼され承諾=保護の引受け肯定。ホテルでXに容体を全面的に委ねられていた=排他的支配肯定。 →病院に戻し医療を受けさせる作為義務あり。履行可能であったのにせず→作為義務違反あり。)
3(1) 論点提示(因果関係の存否)
(2) 規範定立(危険の現実化+ほぼ確実な結果回避可能性)
(3) 当てはめ(病院に連れて行けば確実に死ぬことはなかった→条件関係肯定。医療を受けさせない不作為の有する死亡の危険が直接現実化→因果関係肯定。)
4 故意の当てはめ(死亡の可能性を認識しつつ、嘘の露呈を恐れ放置=結果発生の認容あり→故意肯定。) 5 結論(Xに殺人罪(199条)が成立する。)
第5 事例2 小問(2)について
1 不作為による殺人罪(199条)の成否
(1) 当てはめ(作為義務違反、故意は小問(1)と同様に肯定。)
(2) 因果関係の当てはめ(医療措置を受けさせても救命・延命が確実ではなかった→確実に結果を回避できたとはいえない=因果関係否定。)
(3) 小括(殺人既遂罪は不成立。)
2(1) 殺人未遂罪(203条、199条)の成否
(2) 規範定立(実行の着手時期(第3-2(2)と同旨))
(3) 当てはめ(作為義務を負い、生命に切迫した危険がある状況。医療で救命・延命できる一定の見込みがあった以上、不作為は死亡結果を発生させる現実的・客観的危険性を有する。危険を除去する義務に違反し危険を維持・増大させた点で密接性もあり→実行の着手肯定。)
3 結論(Xに殺人未遂罪が成立する。)
【参考答案】
第1 事例1 小問(1)について
1(1) Xによる溺れているAを助けにいかず溺死させたという不作為に殺人罪(199条)が成立するか。
(2) 刑法199条は作為による殺人のみならず、不作為による殺人をも処罰の対象としているが、いかなる時にどのような内容の作為義務が発生するかについて明文で規定していないので、解釈でそれを明らかにする必要がある。
2(1) 作為義務は作為と同価値といえる場合に認められる。そして、作為は結果に至る因果の流れを設定し、その経過を支配する行為であるから、不作為が作為と同価値といえるためには因果経過を具体的に支配したと評価できる事が必要である。そのためには、排他的支配が認められ、かつ、危険創出行為(先行行為)もしくは保護の引受けが認められることが必要である。
(2) この点、XはAの親(民法818条1項)であるから、Aに対する監護義務(民法820条)がある。そして、現場には、X以外にAを助けにいけそうな人は居なかったことから、排他的支配が認められる。また、Aは8歳であり、親であるXと2人で暮らしていたのであるから、Xは親として普段からAの監護・養育を行っていたといえ、保護の引受けも認められる。
したがって、Xには溺れたAを助けるという作為義務がある。そして、Xは泳ぎが達者であったことから作為可能性がある。
それにもかかわらず、XはAを助けにいかなかったので、作為義務違反がある。
3(1) Xの作為義務違反行為とAの死亡結果との間に因果関係が認められるか。
(2) 結果発生の危険性を有する実行行為と結果との因果関係は、偶然的結果を排除し、適正な帰責範囲を画するために、客観的に存在する全ての事情を判断資料とし、条件関係があることを前提に、行為の持つ危険が結果に現実化したか否かによって判断されるべきである。
ただし、不作為犯の場合、条件関係は作為義務を履行すればほぼ確実に結果を回避できたといえるときに認められる。なぜなら、作為義務を履行しても結果回避不能な場合に結果を帰責するのは、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に反するためである。
(3) この点、泳ぎの達者なXがAを助けにいっていれば、Aが助かることは確実であったことから、条件関係は認められる。
そして、Xの作為義務違反行為には、Aが溺死するという危険が含まれており、その危険が直接Aの死亡結果へと現実化したといえるから、因果関係が認められる。
4 故意(38条1項)とは、犯罪事実の認識・認容という。XはAが溺れているのを見てこのまま死んでくれたほうがよいと考えていることから、殺人の認識がある。また、殺人の認識がありつつ溺れているAをあえて放置しているのであるから、殺人の認容もある。
したがって、殺人の故意がある。
5 以上より、Xには殺人罪(199条)が成立する。
第2 事例1 小問(2)について
1 小問(2)では、小問(1)と同様の状況において、Xは泳げなかったという点が異なる。
この場合に不作為による殺人罪(199条)が成立するか、作為可能性が問題となる。
2(1) Xに溺れたAを助けるという作為義務があるのは、小問(1)と同様であるが、Xは泳げなかったことから、作為可能性がない。
したがって、Xには作為義務違反が認められない。
(2) よって、Xには殺人罪(199条)が成立しない。
3(1) では、Xには保護責任者不保護致死罪(219条)が成立するか。
本罪が成立するためには、基本犯である①保護責任者不保護罪(218条後段)の構成要件を充足し、②不保護の結果、人を死亡させること、③両者の間に因果関係が認められることが必要である。
(2) また、保護責任者不保護罪の実行行為たる「生存に必要な保護をしなかった」(不保護)とは、場所的離隔を伴わずに生存に必要な保護を行わない行為をいう。
(3) XはAの実親であり、Aを監護すべき法律上の義務を負うから、「保護する責任のある者」(保護責任者)に当たる。また、Aは8歳であり「幼年者」に当たる。
Xは泳げなかったのであるから、自ら入水してAを救助する作為をなすことは不可能であった。法は不可能を強いることはできず、かかる作為可能性を欠く以上、入水して救助する作為義務に違反したとはいえない。
しかし、「生存に必要な保護」とは、個々の状況において要扶助者の生命・身体を危険から保護するために必要かつ可能な一切の行為を意味する。Xは泳げなかったとしても、直ちに警察や救急に119番通報をしたり、大声で周囲に助けを求めたりするなどの代替的な救助活動を行うことは物理的に可能であった。そして、親であるXには、そのような代替的作為をなすべき義務が期待されていたといえる。にもかかわらず、XはAが死んでくれた方がよいと考え、上記のような代替的作為を一切行わなかった。したがって、Xの不作為は「その生存に必要な保護をしなかったとき」に当たる。
(4) Xの上記不作為とAの死亡結果との間に因果関係は認められるか。因果関係の判断基準につき、第1-3(2)と同一の基準に基づいて判断する。
本件で、Xが119番通報等の代替的作為を尽くしていたとしても、現場には、X以外にAを助けにいけそうな人はいなかったとの事実に照らせば、救助が間に合わずにAが溺死した可能性を否定できない。そうすると、Xが代替的作為を尽くしていれば、合理的な疑いを超える程度に確実にAが助かったとまでは断定できない。
したがって、結果回避可能性が認められず、Xの不作為とAの死亡結果との間に因果関係は認められない。
4 以上より、Xに保護責任者不保護致死罪(219条)は成立しない。もっとも、基本犯たる保護責任者不保護罪の構成要件を充足するから、Xには保護責任者不保護罪(218条後段)が成立する。
第3 事例1 小問(3)について
1 小問(3)では、小問(1)と同様の状況において、Xが泳いで助けにいってもAの救命は間に合うことが確実ではなかったという点が異なる。
この場合に不作為による殺人罪(199条)が成立するか、因果関係が問題となる。
2(1) 事例1 小問(1)と同様の状況であるから、Xの溺れたAを助けるという作為義務とその作為義務違反は、認められる。
(2) 因果関係の存否は、第1-3(2)と同一の基準により判断する。
(3) この点、Xが泳いで助けにいってもAの救命は間に合うことが確実ではなかったという状況であったから、条件関係が認められない。
したがって、Xの作為義務違反とA死亡結果との間の因果関係が認められない。
3 よって、Xには殺人罪(199条)が成立しない。
4(1) もっとも、Xには殺人未遂罪(203条、199条)が成立しないか。
(2) 未遂罪が成立するためには、殺人罪の実行の着手があったといえなければならない。実行の着手とは43条の「犯罪の実行に着手して」という文言と未遂犯の処罰根拠が法益侵害の具体的危険性にあることから、構成要件該当行為に密接な行為であって既遂に至る客観的な危険性が認められる時点で認められる。また、密接性と危険性を的確に判断するためには客観的事情のみならず行為者の犯行計画を考慮する必要がある。
(3) XはAの親として、溺れているAを救助すべき作為義務を負い、かつ泳ぎが達者であることから救助も可能であった。このような状況下で、Aはまさに溺れており、その生命には切迫した危険が生じていた。そして、Xが救助に向かえばAが助かる一定の見込みがあった以上、Xが殺意をもって何もしないという不作為は、Aの死亡結果を発生させるに足りる現実的・客観的な危険性を有する行為といえる。
また、Xの不作為は、親としての救助義務に違反し、直接的にAの生命の危険を維持・増大させるものであり、殺害という構成要件的結果に密接な行為である。
したがって、Xの不作為は、殺人罪の実行に着手したものと評価できる。
(4) 故意(38条1項)とは、犯罪事実の認識・認容をいう。XはAが溺れているのを見てこのまま死んでくれたほうがよいと考えていることから、殺人の認識がある。また、殺人の認識がありつつ溺れているAをあえて放置しているのであるから、殺人の認容もある。したがって、殺人の故意がある。
5 以上より、Xには殺人未遂罪(203条、199条)が成立する。
第4 事例2 小問(1)について
1(1) Xが、Aに必要な治療を受けさせずに死亡させた行為について、不作為による殺人罪(199条)が成立しないか。
(2) 刑法199条は作為による殺人のみならず、不作為による殺人をも処罰の対象としているが、いかなる時にどのような内容の作為義務が発生するかについて明文で規定していないので、解釈でそれを明らかにする必要がある。
2(1) 作為義務は作為と同価値といえる場合に認められる。そして、作為は結果に至る因果の流れを設定し、その経過を支配する行為であるから、不作為が作為と同価値といえるためには因果経過を具体的に支配したと評価できる事が必要である。そのためには、排他的支配が認められ、かつ、危険創出行為(先行行為)もしくは保護の引受けが認められることが必要である。
(2) Xは、Yに指示して、病院で治療を受けていたAをホテルに移動させている。これは、Aから必要な医療を受ける機会を奪い、その生命に具体的な危険を生じさせる行為といえるから、危険創出行為(先行行為)が認められる。
また、XはAの子YからAの治療を全面的に依頼され、これを承諾している。これにより、Xは自らの意思でAを保護する立場を引き受けたといえ、保護の引受けも認められる。
そして、ホテルに運び込まれたAの容体はXに全面的に委ねられており、Xの意思決定がなければAは医療措置を受けられない状態にあったことから、Aの生命に対する排他的支配も認められる。
以上より、排他的支配に加え、先行行為と保護の引受けが認められるから、XにはAを病院に戻し、必要な医療措置を受けさせるという作為義務があったといえる。
そして、XがAを病院に連れて行くことは可能かつ容易であったにもかかわらず、これを履行しなかったから、作為義務違反が認められる。
3(1) Xの作為義務違反行為とAの死亡結果との間に因果関係が認められるか。
(2) 結果発生の危険性を有する実行行為と結果との因果関係は、偶然的結果を排除し、適正な帰責範囲を画するために、客観的に存在する全ての事情を判断資料とし、条件関係があることを前提に、行為の持つ危険が結果に現実化したか否かによって判断されるべきである。
ただし、不作為犯の場合、条件関係は作為義務を履行すればほぼ確実に結果を回避できたといえるときに認められる。なぜなら、作為義務を履行しても結果回避不能な場合に結果を帰責するのは、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に反するためである。
(3) Xが作為義務を履行し、Aを病院に連れて行き必要な治療を受けさせていれば、Aは死ぬことはなかった。すなわち、期待された作為をなしていれば、合理的な疑いを超える程度に確実に結果を回避できたといえるから、条件関係は認められる。
そして、XがAを病院に戻さなかった不作為は、Aが医療を受けられずに死亡する危険性を有するものであり、その危険がAの死亡という結果として直接現実化したといえる。
したがって、Xの作為義務違反とAの死亡結果との間に因果関係は認められる。
4 故意(38条1項)とは、犯罪事実の認識・認容という。
Xは、ホテルに運び込まれたAの容体を見て、このまま治療を受けさせなければAが死亡する可能性があることを認識していたから、自らの不作為によって人が死亡するという、殺人罪の構成要件該当事実について認識があったといえる。
そして、その認識がありながら、Xは自身の嘘が露呈することをおそれ、Aを病院に戻すという行為を行わなかった。これは、Aが死亡するという結果が発生しても構わないと考えていたということであり、結果発生の認容も認められる。
したがって、Xには殺人の故意が認められる。
5 以上より、Xには殺人罪(199条)が成立する。
第5 事例2 小問(2)について
1 Xの罪責について、まず不作為による殺人罪(199条)の成否を検討する。
Xには、小問(1)で検討したとおり、先行行為および保護の引受けを根拠とする作為義務違反が認められ、殺人の故意も認められる。
しかし、小問(1)とは異なり、どのような医療措置を受けさせても救命も延命も確実であったといえなかったという事情がある。そこで、因果関係が認められるか。因果関係の判断基準につき、第4-3(2)に従い判断する。
2 本件において期待される作為は、Aは病院に搬送する行為であるが、Aは病院に搬送されたとしても救命・延命が確実ではなかったのだから、合理的な疑いを超える程度に確実に結果を回避できたといえず、因果関係が認められない。
3 したがって、Xに不作為による殺人罪は成立しない。
4(1) では、殺人未遂罪(203条、199条)は成立するか。
(2) 未遂罪が成立するためには、殺人罪の実行の着手があったといえなければならない。実行の着手とは43条の「犯罪の実行に着手して」という文言と未遂犯の処罰根拠が法益侵害の具体的危険性にあることから、構成要件該当行為に密接な行為であって既遂に至る客観的な危険性が認められる時点で認められる。また、密接性と危険性を的確に判断するためには客観的事情のみならず行為者の犯行計画を考慮する必要がある。
(3) Xは、先行行為および保護の引受けから、Aを病院に搬送すべき作為義務を負っていた。そして、Aの生命には切迫した危険が生じていたところ、救命が確実ではなかったとしても、医療措置を受けさせることでAが救命・延命できる一定の見込みはあったといえる。
にもかかわらず、Xが殺意をもって何もしないという不作為は、Aの死亡結果を発生させるに足りる現実的・客観的な危険性を有する行為といえる。また、Xの不作為は、自ら作り出した危険を除去する義務に違反し、直接的にAの生命の危険を維持・増大させるものであり、殺害という構成要件的結果に密接な行為である。
したがって、Xの不作為は、殺人罪の実行に着手したものと評価できる。
5 よって、Xには殺人未遂罪(203条、199条)が成立する。
以上

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